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体験記 No. 100

同じ紙を二百十七社にお願いして、返ってきたのは八十九社だった

案件工業用ゴム製品メーカー・関税引き上げへの対応とサプライチェーンの組み替え
話の中心アサイン
語り手笹川 / 24歳・入社2年目
読了約8分 · 5,400字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
二百十七社のうち八十九社千二百四十品番

問いを立てるまでに二週間かかった。立てたあとにやったのは、紙を集めることだけだった――笹川が、二百十七社に同じ様式を送った五ヶ月の記録。

品番は、七千八百あった。

そのうち、輸出している品番が千二百四十。

千二百四十のうち、社内に関税の分類の番号が入っているのが九百八十。

残りの二百六十は、どこにも入っていなかった。

この四つの数字を出すのに、二週間かかった。

笹川です。二十四歳。入社して二年目になる。

アサイン ―― 二月

クライアントは、工業用のゴム製品を作っている会社だった。

Oリング、ガスケット、ホース。自動車と産業機械と建設機械に出している。

売上は百九十億円。従業員は六百二十人。工場は国内に三つ。

輸出の比率は、売上の三十四パーセントだ。

案件のきっかけは、二月の経営会議だったと聞いている。

営業本部長の方が、会議で「来月から関税が上がる」と言ったらしい。

輸出先の国の制度が変わる、という話だった。

その場で、「うちはどれだけ影響があるのか」という質問が出た。

誰も答えられなかった。

答えられないまま二週間が過ぎて、それでファームに電話が来た。

依頼の言葉は、「影響額を出してほしい」だった。

フィーは一千八百万円。期間は五ヶ月。

チームは、マネージャーの樽見さんと、私の二人だけだ。

二人だけの案件は初めてだった。

樽見さんは、初日に「笹川さん、この案件は分析がないです」と言った。

意味が分からなかった。

「調べることが分析じゃなくて、集めることなんです」と言われた。

最初の二週間 ―― 何を聞けばいいのか分からない

最初の二週間は、正直、何もできなかった。

できなかったというのは、手を動かしていなかったわけではない。

手は動かしていた。資料をもらって、読んで、質問の一覧を作っていた。

ただ、問いが立っていなかった。

関税が上がる、という話から、何を調べればいいのかが分からない。

輸出の金額は分かる。経理が持っている。

分からないのは、その輸出の金額が、どの税率で通っているかだった。

税率は、品物の分類で決まる。分類の番号を、HSコードという。

六桁までが国際で共通で、そのあとが国ごとに違う。

このHSコードの一覧を、私は社内で探した。

営業にはなかった。生産管理にもなかった。

経理が持っていたのは、通関の業者から来る請求書だけだった。

四日目に、調達部の部長の方が「通関の会社に聞いたら?」と言った。

言われて、そうした。

通関を委託している会社に、過去三年の申告のデータをもらった。

そこに、全部入っていた。

品番と、HSコードと、申告の金額と、適用した税率。

社内にないものが、委託先にあった。

これが、この案件で最初に分かったことだった。

四つの数字

申告のデータと、社内の品番の一覧を突き合わせた。

突き合わせたら、合わなかった。

申告のデータは、通関のときの品名で書かれている。社内の品番とは別の名前だ。

名前で紐づけるのに、一週間かかった。

やり方は、金額と数量と出荷の日付で当てていく方法にした。

当たらないものは、通関の会社に電話で聞いた。

電話は、十四回かけた。

結果が、冒頭の四つの数字だ。

七千八百品番のうち、輸出しているのが千二百四十。HSコードが社内の情報から特定できたのが九百八十。残りの二百六十は、通関の申告から拾った。

この四つを樽見さんに見せたとき、樽見さんは「これで案件が始まります」と言った。

二週間かかって、ようやく始まった。

二人の案件

樽見さんは、この案件に半分しか入っていなかった。

もう一本、別の案件を持っていた。そちらが大きい。

だから、週に二回、一時間の打ち合わせをやる。それ以外は、私が一人で動く。

常駐している部屋は、工場の隣の棟の二階にあった。

会議室を一つ借りていて、机が六つある部屋に、私だけが座っていた。

十八時を過ぎると、その棟の人がいなくなる。

空調が十九時で止まるので、四月はまだ寒かった。

上着を着て作業していた。

三週間目に、調達部の若い方が、電気ポットを持ってきてくれた。

「これ、使ってください」と言われた。

お茶を飲む習慣がなかったので、白湯を飲んでいた。

その人には、まだお礼を言い直していない。

原産地のこと ―― 三月

税率は、二つある。

一般の税率と、協定の税率だ。

二国間や地域の協定があると、低い税率が使える。この会社の輸出先には、協定がある国が含まれていた。

協定の税率を使うには、その品物がその国の原産であることを示す必要がある。

示すのに使うのが、原産地の証明だ。

ここで、面倒なことが分かった。

原産であることの判定の基準が、品物によって違う。

ある品物は、材料の分類の番号が変わっていれば原産と認められる。

別の品物は、国内でついた付加価値が一定の割合を超えていないといけない。

ゴム製品の多くは、後者だった。

付加価値の割合を計算するには、使っている材料の原産国と価格を、全部出す必要がある。

自社が買っている材料だけでは足りない。

その材料を作っている会社が、どこから買っているかも要る場合がある。

階層を遡る。

二百十七社 ―― 四月

遡る相手の数を数えた。

一次の取引先が百三十一社。そのうち、二次まで遡る必要があるのが八十六社。

合計で二百十七社だった。

この二百十七社に、同じ様式の紙を送る。

様式は、私が作った。

項目は、品名、材料の原産国、価格、工程の内容、それに署名。

A4で二枚にまとめた。

二枚にまとめたのは、短いほうが返ってくると思ったからだ。

送り方は、メールにした。

一次の取引先の窓口のアドレスは、調達部が持っていた。

二次の取引先は、一次の会社に転送してもらう形にした。

四月の七日に、二百十七社ぶんを送った。

送ったあと、返信を待った。

返ってこない

二週間で、返ってきたのは十一社だった。

十一社。二百十七社のうち、五パーセントだ。

私は、催促のメールを送った。四月の二十一日に、一回目。

五月の七日に、二回目。

二回目のあとで、返ってきたのが合計で三十四社になった。

それでも、三十四社だった。

五月の中旬に、調達部の部長の方に、進捗を報告した。

四十九歳で、調達の仕事を二十一年やっている方だ。

その人は、一覧を見て、こう言った。

「笹川さん、電話しないと返ってこないよ」

私は「メールを二回送りました」と言った。

その人は、「うん、だから電話」と言った。

それから、「小さいところは、メールを見る人が一人しかいないから」と言われた。

見る人が一人しかいないというのは、その一人が忙しいと止まるという意味だった。

私は、電話が苦手だ。

苦手だから、メールで二回催促した。

その三週間が、無駄だった。

無駄だったことを、私はその場で認めなかった。

認めずに、「電話します」とだけ言った。

電話 ―― 五月の下旬から六月

電話を、百八十三社にかけた。

一社あたり、三分から長いときは二十分。

一日に二十社くらいが限界だった。

九日かかった。

かけて分かったことがある。

返ってこなかった理由は、忙しいからではないことが多かった。

多かったのは、様式が分からないということだった。

「材料の原産国」という欄の意味が分からない。

ある会社の方は、「うちはゴムを混ぜてるだけだから、原産国は日本でいいんですか」と聞いた。

正しくは、混ぜているゴムの原料がどこから来たかが要る。

それを説明すると、「それは知らない」と言われた。

知らないのは、その会社が商社から買っているからだ。商社が、どこから仕入れているかは書いていない。

もう一社、六十代くらいの事務の方が出た会社があった。

その方は、経理と事務を一人で兼務していた。

「書類は見ました。でも、これうちで書けないんです」と言われた。

書けない理由は、社長が原料のことを全部把握しているが、社長が工場に出ているので日中は捕まらない、ということだった。

私は、その会社に三回電話した。

三回目に、社長の方と話せた。

十九時十分だった。

その方は、電話で原料の仕入先を全部言ってくれた。

言ってくれたものを、私が紙に書いて、メールで送り返して、署名だけもらう形にした。

この形を、他の二十社くらいにも使った。

返ってきた数 ―― 六月末

最終的に、返ってきたのが八十九社だった。

二百十七社のうち、八十九社。四十一パーセントだ。

返ってこなかった百二十八社の内訳は、三つあった。

一つ、商社経由で原料の原産国が追えない。五十四社。

二つ、二次の取引先まで依頼が届いていない。四十一社。

三つ、断られた。三十三社。

断られた理由で、いちばん多かったのが「価格を出したくない」だった。

付加価値の計算には、材料の価格が要る。

価格を出すと、自分の利益が分かってしまう。

これは、言われてみれば当然だった。

当然のことを、私は様式を作るときに考えていなかった。

中間報告と最終報告 ―― 七月十四日

八十九社ぶんの情報で、原産であることを判定できたのが、千二百四十品番のうち四百十二品番だった。

三分の一だ。

四百十二品番は、協定の税率が使える。

残りの八百二十八品番は、一般の税率になる。

影響額を計算した。

年間で、一億四千万円だった。

この会社の営業利益は、去年が八億二千万円だ。

一億四千万円は、営業利益の十七パーセントになる。

最終の報告では、これに加えて、調達を切り替える案を出した。

商社経由で追えない五十四社のうち、材料を直接の取引に切り替えられそうなところを、十一社に絞った。

絞った基準は、年間の仕入の金額が三千万円を超えていることだった。

十一社を切り替えると、追加で百九十品番くらいが判定できる見込みになる。

ただ、切り替えには時間がかかる。品質の承認をやり直す必要があるからだ。

工程表では、十八ヶ月と置いた。

役員の方が、最後に「思ったより取れないね」と言った。

取れない、というのは、協定の税率のことだった。

三分の一しか取れていない。

私は「はい」と答えた。

ほかに言うことがなかった。

生活 ―― 二十四歳

年収は五百八十万円だ。

家賃は七万四千円。独りで住んでいる。

実家に、毎月三万円を送っている。これは、入社したときから続けている。

この案件の残業は、四月が四十時間、五月が七十時間、六月が八十五時間だった。

電話をかけていた九日間は、残業がほとんどなかった。

電話は、相手の就業の時間にしかかけられない。十八時を過ぎると、出ない会社が多い。

だから、その九日は十八時半に帰っていた。

帰って、何もしていなかった。

身体の話を書くと、二つある。

一つは、指だった。

返ってきた書類を、八十九社ぶん、紙で整理していた。

ファイルに綴じる作業で、右手の人差し指を紙で切った。

切ったのは一度だけだが、同じところを三日後にもう一度切った。

絆創膏を貼って、二週間くらい貼り替えていた。

二つ目は、目だった。

申告のデータと品番を突き合わせていた一週間で、画面を一日に八時間見ていた。

目が乾いて、夕方になると文字がぼやける。

目薬を買った。六百八十円のもので、一日に五回くらいさしていた。

いまは三回くらいだ。

お金の話で、一つある。

電話を百八十三社にかけた月に、携帯の料金が二千円くらい上がった。

会社の電話を使えばいいのだが、常駐している部屋に固定の電話がなかった。

二千円は、経費で出せるのかもしれない。

出せるかを調べるのが面倒で、出していない。

後記 ―― 半年後

一月に、調達部の部長の方からメールが来た。

返ってきた会社が、百三十四社になったと書いてあった。

八十九社から、四十五社増えた。

増えた理由は、調達部が担当者を一人つけて、残りに電話をかけ続けたからだ。

その担当者は、二十六歳の方らしい。

私がやっていたことを、社内の人がやっている。

判定できた品番は、六百七十になったと書いてあった。

影響額は、一億四千万円から九千万円くらいに下がっている。

まだ、終わっていない。

商社経由の五十四社は、ほとんど動いていないらしい。

価格を出したくないという理由は、半年経っても変わらない。

メールの最後に、「笹川さんの様式、そのまま使ってます」と書いてあった。

様式は、A4で二枚のままだ。

二枚にまとめたのは、短いほうが返ってくると思ったからだった。

短さは、関係なかったと思う。

関係があったのは、電話だった。

いまは別の案件にいる。食品の会社の、物流の拠点を見る仕事だ。

電話は、まだ苦手だ。

苦手だが、かける前にためらう時間は、少し短くなった。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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