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体験記 No. 101

点数をつけた会社は、倒れなかった

案件鉄鋼二次流通(コイルセンター)・与信管理の仕組みの再構築
話の中心仮説構築
語り手荻野 恵理 / 26歳・入社4年目
読了約8分 · 5,500字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
千四百社のうち上位二十社で七割評点は五段階

危ない会社に点数をつける仕事だった。私がいちばん低い点をつけた会社は、いまも営業している――荻野が、千四百社を並べ替えた五ヶ月の記録。

取引先は、千四百社あった。

そのうち、売掛金の残高の上位二十社で、全体の七割を占めていた。

残りの千三百八十社で、三割だ。

この二つの数字を出したのは、常駐して四日目だった。

荻野です。二十六歳。入社して四年目になる。

アサイン ―― 五月

クライアントは、鋼材を仕入れて、切って、売る会社だった。

コイルセンターという。製鉄所から来る帯状の鋼板を、客の指定した寸法に切る。

売上は三百十億円。従業員は二百四十人。工場は三つ。

客は、建設の鉄骨屋、建材の加工屋、自動車の部品屋。中小の会社が多い。

案件のきっかけは、前の年の暮れだった。

客の一社が、支払いを止めた。

残っていた売掛金が、九千万円。回収できたのが、二千四百万円だった。

六千六百万円が、焦げた。

この会社の営業利益は、年に十一億円だ。六千六百万円は、六パーセントにあたる。

社長の方が、「次は分かるようにしてくれ」と言ったらしい。

フィーは二千二百万円。期間は五ヶ月。チームは三人。

マネージャーの柚原さんと、私と、一年目の人。

立ち上がり ―― 千四百社の名前

初日に渡されたのは、取引先のマスタだった。

千四百二十六行。列が三十一個。

そのうち、中身が入っている列が十八個で、残りの十三個は空だった。

空の列の名前を見ると、「与信限度額」「審査日」「保証の有無」と書いてある。

項目は作られていた。入っていなかっただけだ。

項目を作った人が誰かを、経理の方に聞いた。

十四年前にシステムを入れたときのベンダーが設計したらしい。

入れる運用は、決まらないまま今日まで来た。

柚原さんは、「よくあります」と言った。

私は、よくあるのかと思った。

一年目の人には、支払いの遅れの履歴を抜いてもらった。

経理のシステムから、三年ぶんの入金の日付と、請求書に書いた期日を突き合わせる作業だ。

件数で十一万件ある。

その人は三日でやった。やり方を聞いたら、期日の列と入金日の列を引き算しただけだと言った。

私は、それを手で見ようとしていた。

最初の面談 ―― 枠を決めている人

与信の枠は、どこで決まっているのか。

それを最初に聞いた。

財務部長の方は、「規程はあります」と言った。

規程はあった。A4で六枚。十四年前に作られていた。

内容は、「一定額を超える取引は稟議による」と書いてある。

一定額がいくらかは、別表に書いてあることになっていた。

別表は、なかった。

財務部長の方は、別表を探すのに三日かけて、見つからなかったと言った。

それから、「実際は営業が決めてます」と言った。

営業本部長の方に会った。五十八歳。この会社に三十四年いる。

その人に、「取引先の与信は、何を見て決めていますか」と聞いた。

その人は、「見て決めてる」と答えた。

見て、というのは、会社に行って、工場を見て、社長と話して、という意味だった。

私は、その答えを内心で軽く見た。

四年目の私が、三十四年の人を軽く見た。

そのことは、あとで書く。

評点をつくる ―― 六月から七月

やったことは、三つある。

一つ、外部の評点を全社ぶん買って、一覧にした。

千四百社のうち、評点がついていたのが九百六十社。残りの四百四十社は、情報がなかった。

二つ、社内のデータを並べた。

直近三年の取引金額、支払いの遅れの回数、手形のサイト、担保や保証の有無。

支払いの遅れは、経理のシステムに日付が入っていた。これが使えた。

三つ、この二つを合わせて、五段階の評点を作った。

重みの置き方は、柚原さんと二日議論した。

外部の評点に四割、支払いの遅れに三割、取引の集中度に二割、業歴に一割。

この配分に、根拠はない。

根拠はないが、置かないと動かない。置いたうえで、結果を見て直すことにした。

ずれた二十七社

評点をつけて、並べた。

いちばん下の区分――五段階の「E」に入ったのが、三十一社だった。

三十一社のうち、取引金額が年に一億円を超えるのが、四社。

この四社を、見にいくことにした。

同時に、もう一つ見たものがある。

外部の評点が高いのに、社内の支払いの遅れが多い会社。あるいは、その逆。

この「ずれ」が大きい会社が、二十七社あった。

二十七社のリストを、営業本部長の方に見せた。

その人は、一覧を上から下まで見て、十二社のところで止まった。

「荻野さん、これ、去年の決算書は見た?」と聞かれた。

見ていなかった。

「これは、去年社長が代わった」と言った。

それから、別の一社を指して、「ここは、遅れてるんじゃなくて、こっちが請求を遅く出してる」と言った。

請求を遅く出している、というのは、こちらの事務の都合だった。

データの上では、相手の遅延に見えていた。

私は、その場でメモを取った。

二十七社のうち、十九社について、その人は何かしら知っていた。

十九社。七割だ。

「見て決めてる」というのは、そういう意味だった。

この二十七社のうち、その人が何も言わなかった八社を、あとで個別に調べた。

八社のうち五社は、取引が年に三百万円以下だった。知らなくて当然の規模だ。

残りの三社は、担当の営業が去年と今年で変わっていた。

引き継ぎの資料は、客先の連絡先と過去の注文だけだった。

誰が何を知っているかは、引き継がれていなかった。

この三社を、私は評点の表に印をつけて残した。

印の意味は、「社内に知っている人がいない」だ。

柚原さんは、その印を見て「これがいちばん使える列かもしれない」と言った。

一社 ―― 七月の終わり

E区分に入った四社のうち、一社に同行させてもらった。

建設用の鋼材を加工している会社で、売上が四十二億円。従業員は六十人くらい。

この会社への売掛金が、一億二千万円あった。

工場に行った。

夏で、建屋の中が暑い。扇風機が六台回っていた。

材料の置き場を見た。

床に置いてある鋼材に、触った。手に脂がついた。防錆の油だ。

その日、石鹸で三回洗った。それでも夜まで匂いが残った。

営業本部長の方は、工場の中を歩きながら、置いてある材料の量を見ていた。

帰りの車で、「あそこは、材料が減ってた」と言った。

減っているのは、仕事が減っているからか、資金が回っていないからか、どちらかだ。

私は、「どちらだと思いますか」と聞いた。

その人は、「分からん」と言った。

分からんのに、何を見ていたんですか、とは聞かなかった。

社長の方とは、工場に行った日の夕方に少しだけ会った。

六十代の方で、作業着を着ていた。

話をしたのは十五分くらいで、内容はほとんど天気と、鋼材の値段のことだった。

値段の話をしているとき、その人が「来期は厳しい」と二回言った。

二回言ったことを、私はメモに書いた。

書いたが、評点には使えない。

厳しいと言わない社長を、私は一人も知らなかったからだ。

帰りの高速で、営業本部長の方が自販機でコーヒーを買ってくれた。

缶の百三十円を、その人は小銭で払っていた。

車の中で、その人は昔の話をした。

二十年くらい前に、別の客が倒れたときの話だ。

そのときは、残高が二億八千万円あって、ほとんど返ってこなかったらしい。

「あれは、三ヶ月前から分かってた」と言った。

何で分かったんですか、と聞いた。

「注文の出し方が変わった」と言われた。

まとめて出していた注文が、小刻みになる。資金が細いと、そうなる。

私は、その話を聞いて、注文の頻度のデータを見ることを思いついた。

見た。千四百社ぶん、月ごとの注文件数と一件あたりの金額を出した。

結果は、使えなかった。

建設向けの客は、もともと注文が不定期だ。季節でも変わる。

変化の形が、資金のせいなのか仕事のせいなのか、データでは分けられなかった。

三日かけて、使えないと分かった。

使えないと分かったことを、営業本部長の方には言っていない。

中間報告 ―― 八月

評点の表と、取引の判断のフローを出した。

フローは、評点と取引金額の二軸で、四つの区分に分けるものだ。

区分ごとに、誰が決裁するかを決める。金額の基準も入れた。

E区分で一億円を超える取引は、役員の決裁にする。

この案に対して、営業本部長の方が言ったことがある。

「止めたあとの売上は、どこで作るんですか」

私は、答えを用意していなかった。

E区分の四社を合計すると、年商で六億円くらいになる。

六億円が消える案を、私は与信の話だけで持ってきていた。

会議のあと、柚原さんに「埋め先がないと通りません」と言われた。

それは、報告の前に言ってほしかった。

言ってほしかったと思ったが、言わなかった。

次の二週間で、代替の客の候補を作った。

既存の客で、取引金額を増やせそうなところを、営業の担当者に聞いて集めた。

集まったのが、三十四社。合計で二億円くらいだった。

六億円には、足りない。

足りないまま、最終の報告に出した。

最終報告 ―― 十月

出したものは、三つ。

評点の表(千四百社ぶん、四半期ごとの更新)。取引判断のフロー。代替先の候補。

E区分の四社については、「取引を止める」とは書かなかった。

書いたのは、「与信の枠を現状の半分に下げ、手形のサイトを短くする交渉を行う」だった。

半分に下げる、というのが、私たちの出した答えだった。

社長の方は、「まあ、そうだろうな」と言った。

そのあと、「六千六百万円は、これで防げたのか」と聞かれた。

去年焦げた会社のデータを、作った評点に入れてみた。

その会社の評点は、D区分だった。Eではなかった。

つまり、この仕組みがあっても、たぶん止まらなかった。

私は、そう答えた。

社長の方は、「正直でいいね」と言った。

褒められた気がしなかった。

生活 ―― 二十六歳

年収は六百三十万円。家賃は八万二千円。

奨学金を、まだ返している。月に一万四千円。あと六年ある。

与信という言葉を毎日使っていた五ヶ月のあいだ、自分に与信の枠がついていることを一度も考えなかった。

考えたのは、八月に携帯を買い替えたときだった。

分割の審査が通ったという画面を見て、自分にも点数がついているのだと思った。

身体の話を二つ。

一つは、手だ。工場に行った日から、油のついた手の感触が三日くらい残った。

石鹸では落ちきらない。あとで、工場用の洗剤があることを知った。

二つ目は、目の奥だ。

千四百社の表を、画面でずっと見ていた。行が千四百あると、目が行を追えなくなる。

一行おきに色をつけたら、少し楽になった。

これは、一年目の人が教えてくれた。

十月の報告の日、会議室に十一人いた。

役員が四人、営業の部長が三人、経理と財務が三人、それに営業本部長の方。

資料は四十二枚だった。説明に五十分かけて、質疑が四十分あった。

質疑でいちばん長く話したのは、営業の部長の一人だった。

その人は、「この表を毎回見るのは誰ですか」と聞いた。

四半期ごとに更新する、と私たちは書いていた。

更新するのは経理で、見るのは営業の各部門、という案だった。

その人は、「うちの部は、三人で四百社見てます」と言った。

四百社ぶんの評点を四半期ごとに確認する時間は、ない、という意味だった。

その場で、確認の対象を「区分が変わった会社だけ」に絞る案に直した。

区分が変わる会社は、試算で年に六十社から八十社くらいだ。

直したのは、会議の最中だった。

柚原さんが、「いま直しましょう」と言って、プロジェクターの画面の上で数字を打ち替えた。

直した案のほうが、たぶん正しかった。

後記 ―― 翌年の四月

柚原さんから連絡が来た。

E区分の四社は、全部まだ営業している。

四社とも、与信の枠は半分になった。文句は出たが、取引は続いているらしい。

いちばん低い点をつけた会社――私が工場に行った、材料が減っていたあの会社は、いまも操業している。

去年より、売上が増えたそうだ。

止まったのは、別の会社だった。

C区分の会社が、二月に支払いを止めた。

売掛金が四千百万円。回収できたのが、まだ分からない。

C区分は、真ん中だ。私たちのフローでは、何も起きない区分だった。

柚原さんは、「これは仕組みの問題じゃない」と言った。

そうかもしれない。

ただ、私が五ヶ月かけてやったことは、危ない会社に点数をつけることだった。

点数をつけた会社は、倒れなかった。

倒れた会社には、点数がついていた。真ん中の点が。

営業本部長の方が、その会社について何か知っていたかどうかは、聞いていない。

聞けば、たぶん何か言う。十九社のときのように。

聞いていないのは、聞くのが怖いからだ。

いまは別の案件にいる。食品の会社の、物流費を見ている。

表を作るとき、一行おきに色をつける癖だけが残っている。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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