減ったのは、けがではなく報告のほうでした
件数が減ったページを、私は誇らしく作りました。そのページを見た人が、怒らずに黙ったことを覚えています――安東が、十四拠点の床を歩いた七ヶ月。
年間の労働災害は、四十八件でした。
十四の拠点、従業員二千四百人の会社です。
二千四百人のうち、千八百人がパートの方です。
四十八件のうち、三十九件がパートの方でした。
この割合を最初に見たとき、私はそういうものかと思いました。
そういうものではなかったことが、あとで分かります。
安東です。二十五歳。入社して三年目になります。
アサイン ―― 二月
クライアントは、荷主から倉庫の運営を請け負っている会社でした。
食品と日用品が中心です。庫内の作業は、入荷、保管、ピッキング、梱包、出荷。
拠点が十四、従業員が二千四百人、売上が二百七十億円。
依頼は、労働災害を減らすことと、安全を管理する体制を作り直すことでした。
きっかけは、荷主の一社から言われたことだそうです。
「御社の災害の件数を教えてください」と聞かれて、拠点ごとの数字がすぐに出なかった。
出なかったことが、社内で問題になりました。
フィーは千七百万円。期間は七ヶ月。
チームは、マネージャーの六車さんと、私の二人です。
私は三年目で、この案件がいちばん長く現場に入った案件になりました。
件数が出ない理由
拠点ごとの件数が出ない理由は、すぐに分かりました。
記録が、三つの場所に分かれていたからです。
一つ、本社の総務が持っている、労災の保険の手続きの記録。
二つ、各拠点が持っている、事故の報告書の紙。
三つ、安全衛生の委員会の議事録。
この三つが、一致していませんでした。
総務の記録では、年間で三十一件でした。
拠点の紙を全部集めて数えたら、四十八件でした。
差の十七件は、休業に至らなかったものです。手続きをしていないので、本社に上がっていません。
議事録に出てくる件数は、拠点によってばらばらでした。
毎回書いている拠点が四つ、たまに書く拠点が七つ、ほぼ書かない拠点が三つ。
まず、この三つを一つにする作業をしました。
二月と三月の二ヶ月、紙を集めて、一件ずつ入力しました。
三年ぶんで、百四十二件になりました。
様式を読む
入力していて、気づいたことがあります。
事故の報告書の様式に、「災害の種類」という欄がありました。
選択肢が八つあります。転倒、墜落・転落、挟まれ・巻き込まれ、激突、飛来・落下、切れ・こすれ、動作の反動、その他。
百四十二件のうち、「その他」が三十四件ありました。
四分の一近くが、その他です。
その他の中身を読みました。
多かったのが、台車で足をぶつけた、荷物を持ったときに腰が痛くなった、カッターで指を切った、の三つです。
台車で足をぶつけたのは「激突」に入るはずです。
腰は「動作の反動」、カッターは「切れ・こすれ」です。
入るはずのものが、その他になっている。
理由を、ある拠点の安全衛生の管理者の方に聞きました。
五十一歳の方で、その拠点に九年いるそうです。
その人は、「分類を考えるのが面倒だから」と言いました。
その他に入れても、手続きは進みます。進むなら、その他でいい。
様式があることと、様式どおりに書かれていることは、別でした。
四十八件のうち三十九件
パートの方が三十九件、社員が九件という割合の話に戻ります。
千八百人と六百人なので、頭数で割ると、パートの方のほうが災害の率が高いことになります。
計算すると、パートの方が千人あたり二十一・七件、社員が千人あたり十五件でした。
この差を、最初は「作業の内容が違うから」と考えました。
実際、庫内で身体を使う作業の大半は、パートの方がやっています。
ただ、作業の時間で割り直すと、見え方が変わりました。
パートの方は、一日六時間や四時間の勤務が多いです。
総労働時間で割ると、差はほとんどなくなりました。
百万時間あたりで、パートの方が二・八、社員が二・六です。
この計算を六車さんに見せたら、「これは出しましょう」と言われました。
出した理由は、社内に「パートは注意が足りない」という言い方があったからです。
その言い方を、私は二つの拠点で聞きました。
二つとも、社員の方が言っていました。
数字を出したあと、その言い方を聞くことはなくなりました。
なくなったのは、たぶん私たちの前で言わなくなっただけです。
十四拠点を歩く ―― 四月から五月
十四の拠点を、全部回りました。
一拠点に、一日か二日。合計で二十一日かかりました。
庫内は、広いです。いちばん大きい拠点で、床面積が二万三千平方メートルありました。
歩きます。入荷の場所から、保管の棚、ピッキングの通路、梱包の台、出荷のバース。
一周するのに、四十分くらいかかります。
床は、コンクリートです。上に塗装がしてあります。
硬いです。
三日目くらいから、膝の裏が痛くなりました。
靴は、安全靴を借りていました。サイズは合っていましたが、底が硬いです。
パートの方は、自分の靴を履いている方が多かったです。
その方たちに、靴の話を聞きました。
一日に、歩く距離が十キロを超える方がいました。歩数計をつけている方に見せてもらいました。
その日の数字が、一万四千二百歩でした。
「書いたら怒られるからね」
五月に、ある拠点で、パートのリーダーの方に話を聞きました。
六十二歳の方で、その拠点で十一年働いているそうです。
私は、「けがをしたときは、必ず報告されていますか」と聞きました。
その方は、少し笑って、「大きいのはね」と言いました。
小さいのは、どうしますか、と聞きました。
「言わない人が多いよ」と言われました。
理由を聞きました。
返ってきたのは、二つでした。
一つ、報告すると、その日の終わりに書類を書くことになる。終業の時間を過ぎる。
超過した時間の扱いが、はっきりしない。
二つ、「書いたら怒られるからね」
誰に怒られるんですか、と聞きました。
「怒られはしないけど」と言い直されました。
言い直されたあとの言葉が、長かったです。
その拠点では、毎朝の朝礼で「無災害継続日数」を読み上げているそうです。
その日数がゼロに戻る。戻ると、誰も何も言わないけれど、空気が変わる。
その空気を作っているのは、誰でもない、ということでした。
中間報告 ―― 六月
六月の中間報告までに、私たちは三つのことを提案して、四月から試してもらっていました。
一つ、ヒヤリハットの用紙を、庫内の四ヶ所に置く。記入は三行でいい。
二つ、報告の書類を、A4で二枚から一枚に減らす。
三つ、拠点ごとに月間の目標件数を置く。災害を前年比で三割減らす、という目標です。
三つ目は、クライアントの安全管理の部長の方からの要望でした。
目標がないと動かない、という話でした。
私は、それに反対しませんでした。
四月と五月の実績が出ました。
二ヶ月で、災害の件数が前年の同じ時期の十一件から、六件に減っていました。
年に換算すると、四十八件が三十一件くらいになります。
私は、この数字を中間報告の三枚目に入れました。
タイトルは、「施策開始後二ヶ月で、災害件数が四十五パーセント減少」でした。
グラフも作りました。棒が二本並んでいて、右のほうが短いグラフです。
黙った人
報告の会議は、本社の会議室でした。十二人いました。
三枚目を説明したとき、拠点の所長の方が二人来ていました。
そのうちの一人、四十七歳の方が、何も言いませんでした。
質疑の時間にも、何も言いませんでした。
会議が終わって、廊下でその人とすれ違いました。
その人は、「安東さん」と言いました。
それから、「ヒヤリハットの紙、何枚出てますか」と聞きました。
数字を、私は持っていませんでした。
戻って、数えました。
四月と五月の二ヶ月で、十四拠点の合計が、二十三枚でした。
二千四百人の会社で、二ヶ月で二十三枚です。
災害の件数は減って、ヒヤリハットも出ていない。
両方減るというのは、安全になったか、報告が減ったか、どちらかです。
六月の後半
六月の後半を、全部その確認に使いました。
やったのは、二つです。
一つ、拠点ごとの救急箱の使用の記録を見せてもらいました。
絆創膏や消毒の使用を、記録している拠点が、九つありました。
その九拠点の四月と五月の使用の件数を数えました。
前年の同じ時期と比べて、増えていました。九拠点の合計で、前年が百四十一件、今年が百六十八件です。
二つ、健康保険の利用について、総務の方に聞きました。
これは、個人の情報なので、中身は見ていません。
件数だけを聞きました。四月と五月に、外科の受診が前年より増えているということでした。
つまり、けがは減っていません。
減ったのは、報告のほうでした。
一件
このとき、一つの記録に目が止まりました。
五月の、ある拠点の報告書です。
カッターで左手の人差し指を切った、という内容でした。
その欄の近くに、「発生場所」という項目があります。
そこに、「自宅」と書いてありました。
自宅で切ったけがを、なぜ会社の報告書に書くのか。
書く必要はありません。
書いてあるということは、誰かが最初は庫内のこととして書き、あとで直したということです。
直したのが誰かは、分かりません。
本人かもしれません。確かめていません。
確かめなかった理由を、いま書きます。
確かめると、その人が特定されます。特定されると、その人に何か起きます。
起きるかどうかは分かりません。分からないまま、確かめませんでした。
たぶん違うと思います、としか書けません。
最終報告 ―― 八月
最終の報告で、私たちは中間報告の三枚目を取り下げました。
取り下げて、代わりに出したのが、三つです。
一つ、災害の分類の表を作り直す。「その他」を使えなくする。
選択肢を十二に増やし、台車、腰、刃物を独立させました。
二つ、目標の指標を、件数から変える。
件数ではなく、「報告された件数」と「ヒヤリハットの提出数」を増やす目標にしました。
減らす目標は、重い災害(休業が四日以上のもの)だけに限定しました。
三つ、報告したことで不利にならない運用を、文書で決める。
書類を書く時間は、就業の時間内として扱う。朝礼での無災害継続日数の読み上げは、やめる。
安全管理の部長の方は、「件数を減らす目標を外すのは、上に説明しづらい」と言いました。
六車さんが、「減った件数が本物かを確かめる方法がないと、説明のほうが先に崩れます」と言いました。
その言い方を、私は覚えています。
結果として、三つとも通りました。
生活 ―― 二十五歳
年収は五百九十万円です。家賃は七万一千円で、独りで住んでいます。
拠点を回っていた四月と五月の残業は、月に六十時間くらいでした。
遠い拠点の日は、終わるのが遅くなります。
二回だけ、終電を逃してタクシーを使いました。一回が八千二百円でした。
経費で出ます。
パートの方の時給を、資料の中で何度も見ていました。地域によって違いますが、千二十円から千二百八十円でした。
八千二百円は、その方たちの七時間ぶんくらいです。
そのことを、タクシーの中で一度だけ考えました。
身体の話を二つ。
一つは、膝です。二十一日歩いて、右の膝の裏が痛くなりました。
六月に整形外科に行きました。異常なしと言われて、湿布をもらいました。
もう一つは、手です。
ヒヤリハットの用紙を作るときに、試しに自分でカッターを使って段ボールを切ってみました。
庫内の方の持ち方を真似しました。
真似したら、刃を手前に引く形になります。
二枚目で、左の親指の付け根をかすりました。血は出ませんでした。
出ませんでしたが、そのとき初めて、あれは起きると思いました。
後記 ―― 半年後
翌年の二月に、六車さんから連絡がありました。
新しい指標で、半年の数字が出たそうです。
ヒヤリハットの提出は、半年で四百十二枚になりました。二ヶ月で二十三枚だったものが、です。
災害の報告の件数は、増えました。
半年で、三十四件です。前年の同じ時期が十九件でした。
休業が四日以上の重い災害は、三件から二件に減りました。
安全管理の部長の方は、この数字を役員に説明するのに苦労したそうです。
「件数が増えました」と言わなければならないからです。
説明の資料には、私たちが作った指標の定義のページが、そのまま使われていました。
あの拠点の所長の方は、春に別の拠点に異動になったそうです。
廊下で声をかけられたときのことを、ときどき思い出します。
あの人は、グラフを見て黙りました。
黙ったのは、間違っていると分かっていたからだと思います。
分かっていて、会議では言いませんでした。
廊下で、質問の形で言いました。
私は、あの質問の仕方を、まだうまくできません。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。