「払ったほうが安いですよね」と、先に言われた
分かるつもりでいました。分かるつもりが、いちばん邪魔になりました――椎葉が、湯気の中で人を数えた五ヶ月。
その会社の障害者雇用率は、一・九四パーセントでした。
法定の雇用率は、二・七パーセントです。
従業員が千百八十人なので、不足している人数は十一人でした。
不足一人につき、月に五万円の納付金を払います。
十一人で、月に五十五万円。年に六百六十万円です。
この金額を、私は最初の打ち合わせの三日前に自分で計算していました。
計算していたので、言われたときに驚かなかったはずでした。
椎葉です。三十一歳。入社して八年目になります。
アサイン ―― 五月
クライアントは、クリーニングのチェーンでした。
工場が三つ、店舗が百二十六。従業員が千百八十人。売上が九十四億円。
千百八十人のうち、七百二十人がパートの方です。店舗の受付と、工場の仕上げが中心です。
依頼は、雇用率を法定まで上げることと、そのための職域を設計することでした。
きっかけは、三月に労働局から呼ばれたことだそうです。
雇入れ計画の作成を命じられた、という段階でした。
これは、雇用率が一定より低い会社に対して、二年間の計画を出させる仕組みです。
計画どおりに進まないと、勧告が出ます。それでも進まないと、企業の名前が公表されることがあります。
人事部長の方は、この「公表」の二文字を、最初の打ち合わせで三回言いました。
三回言った人が、そのあとで納付金の紙を出してきます。
フィーは九百万円。期間は五ヶ月。
チームは、マネージャーの筏(いかだ)さんと、私の二人です。
私はこの案件に、二つの意味で近いと思っていました。
一つは、過去に人事の案件を四本やっていること。
もう一つは、弟のことです。
「払ったほうが安いですよね」
一回目の打ち合わせは、本社の五階の会議室でした。
出てきたのは、人事部長の方と、総務の課長の方の二人です。
人事部長の方は五十四歳で、この会社に新卒で入って三十二年目でした。
名刺を交換して、座って、私が計画の進め方を説明しはじめたときに、その人は言いました。
「あの、先に伺っていいですか」
はい、と答えました。
「納付金、払ったほうが安いですよね」
数字を出してきました。A4の紙一枚です。
年間の納付金が六百六十万円。
十一人を時給千百円、一日六時間、月二十日で雇うと、一人あたり年間百五十八万円。十一人で千七百四十万円。
社会保険と、指導に当たる人の手当を入れると、二千万円を超える。
差が、千四百万円ある。
その紙は、手書きではなく、表計算で作られていました。
罫線がきれいに引かれていました。
私はその場で、「おっしゃるとおりです」と言いました。
言ってから、自分でも意外でした。
反論を三つ用意して行っていたのに、全部出しませんでした。
出さなかったのは、その計算が正しかったからです。
弟のこと
弟は、就労継続支援B型の事業所に通っています。
二十八歳です。
やっているのは、お菓子の箱を組み立てる作業と、ダイレクトメールの封入です。
工賃は、月に一万六千円くらいです。
事業所によって違いますが、B型の工賃の平均は、だいたいこのあたりです。
私の月の手取りは、ざっと三十八万円です。
この二つの数字を並べて考えたことは、それまでに何度もありました。
この案件に入ってから、並べ方が変わりました。
弟は、「雇用率の分母にも分子にも入らない人」です。
B型は雇用契約を結ばないので、企業の雇用率には関係がありません。
私がこれから数えるのは、弟とは別の線の内側にいる人たちです。
その線のことを、私はそれまで、あまり考えていませんでした。
筏さんには、この話を一度だけしました。
筏さんは「分かりました」と言って、それから何も聞きませんでした。
数え方
雇用率の算定には、数え方の決まりがあります。
週三十時間以上で働く身体・知的の障害がある人は、一人として数えます。
重度の場合は、二人として数えます。
週二十時間以上三十時間未満の短時間だと、〇・五人です。
重度の短時間は、一人。
精神障害がある人の短時間は、条件を満たすと一人として数えます。
これを表にして、現在の在籍者を当てはめました。
在籍しているのは、実人数で十九人でした。
十九人が、カウントでは二十二・九人になりました。
必要なカウントは、千百八十人に二・七パーセントを掛けて、三十一・八。小数は切り捨てで三十一人です。
三十一から二十二・九を引いて、不足が八・一。
人事部長の方の紙は十一人でしたが、それは短時間を一律に〇・五で見ていたからです。
私の計算では、八人でした。
この差を伝えたとき、その人は「八人ですか」と言いました。
それから、「じゃあ、四百八十万円ですね」と言いました。
納付金に換算し直したことに、私は少しだけ腹が立ちました。
腹が立った自分に、すぐに理由がつきませんでした。
工場を見る ―― 六月
三つの工場を、合わせて九日間見せてもらいました。
いちばん大きい工場は、一日に一万八千点を扱います。
工程は、受け入れ、仕分け(ソーティング)、しみ抜き、水洗、ドライ、乾燥、仕上げ、包装、店舗別の仕分け、積み込み。
湿度が高いです。仕上げの区画は、夏は三十五度を超えます。
ロールアイロナーという機械があります。シーツを通すと、熱い鉄の筒の間から平らになって出てきます。
その横に立っている方の背中が、濡れていました。
私も三時間立っていて、着ていたシャツが背中だけ色が変わりました。
手は、荒れます。
ドライの区画に入ったあと、その日の夜に自分の手の甲がかさついていました。
毎日入っている方の手を、見せてもらいました。
爪の横が割れていました。
絆創膏を巻いていて、その絆創膏が湿気でふやけていました。
昼の休憩は、十二時から四十五分です。
休憩室が二階にあって、階段を上がると、急に涼しくなります。
その温度差のところで、何人かが立ったまま水を飲んでいました。
座っている人は、弁当を食べていました。
私もコンビニで買ったおにぎりを食べました。
袋を開けたとき、手に残っていた溶剤の匂いが、海苔の匂いに混ざりました。
その日の夜まで、その匂いが指に残りました。
切り出す
職域の設計というのは、工程を細かく割って、「この部分だけを任せられる形にする」作業です。
私がやったのは、十の工程を、三十七の作業に割り直すことでした。
割った基準は、三つです。
一つ、同じ動作が繰り返されるか。
二つ、判断がいるか。
三つ、間違えたときに後ろの工程で気づけるか。
この三つで並べると、「任せられる」と判定される作業が、十四ありました。
タグ付け、ハンガーの仕分け、包装のフィルム掛け、店舗別の棚入れ、ネットの検品、など。
十四の作業を集めて、一つの班を作る案を書きました。
人数は八人。工程の後ろ寄りに置いて、前工程の人が間違いを吸収できる配置です。
絵にすると、きれいでした。
筏さんも、「成り立っていますね」と言いました。
班長の一言
七月の三週目に、その工場の仕上げの班長の方に案を見せました。
四十八歳の女性で、その工場に十四年いる方です。
その人は、十四の作業の表を上から下まで読みました。
読み終わって、「椎葉さん」と私を呼びました。
それから、言ったのは一つでした。
「この班、時給上がらないですよね」
意味が、すぐに分かりませんでした。
その人は続けました。
その工場では、時給が上がるのは、しみ抜きと機械の調整ができるようになったときだと。
その二つは、私が「判断がいる」で外した作業でした。
外した作業だけに昇給がついている。
つまり私は、昇給の経路の外側に、八人ぶんの席を作ったことになります。
その指摘を、私は想定していませんでした。
想定していなかったのは、職域の切り出しを「できる作業を集める」問題としてだけ考えていたからです。
その日の帰りの電車で、私は自分に言い訳をしました。
雇用率を上げるのが依頼で、昇給の設計は依頼の外にある。
五ヶ月で八人の席を作るのが先で、等級の話は次の案件でいい。
そう考えて、帰って、そのまま資料を直しませんでした。
直さなかったことを、いまは書いておきます。
直したのは、三週間あとです。
中間報告 ―― 七月
中間報告では、十四の作業の表と、八人の配置案を出しました。
班長の方の指摘は、口頭で一行だけ触れました。
「昇給の設計は、後半で検討します」と言いました。
人事部長の方は、そこには反応しませんでした。
反応したのは、別のところです。
「この八人は、どこから来るんですか」
採用の経路の話でした。
特別支援学校、就労移行支援の事業所、ハローワークの専門窓口。
三つ書いてありました。
その人は、「学校から来る人は、何年いてくれますか」と聞きました。
答えを、私は持っていませんでした。
本人に聞いていない
七月の末に、気づいたことがあります。
三十七の作業に割って、十四を選ぶまでの作業を、私は全部、工程の観察と班長への聞き取りでやっていました。
すでに働いている十九人の方に、話を聞いていませんでした。
聞いていない理由を、自分で考えました。
配慮のつもりでした。
弟のことがあるので、聞き方が分かると思っていました。分かると思っていたから、確かめなかった。
八月に、十九人のうち十一人に話を聞きました。会社の方に同席していただいて、短い時間です。
一人の方が、「包装は飽きる」と言いました。
別の方が、「しみ抜きをやってみたい」と言いました。
その人は、入社して六年目でした。
六年、誰にも言っていなかったそうです。
聞かれなかったからだ、と言われました。
もう一人、三十四歳の方が、「人が多いところは疲れる」と言いました。
私が作った班は、八人を一箇所にまとめる案です。
その方は、いまは店舗別の棚入れを、一人でやっているそうです。
一人のほうがいいと言われて、私は「分かりました」と言いました。
言ったあと、八人を一つの班にまとめる形そのものを、誰のために作ったのか分からなくなりました。
まとめたほうが指導する人を一人で済ませられる。
それは、会社の都合です。
会社の都合を、私は「職域の設計」と呼んでいました。
最終報告 ―― 九月
最終の報告で出したのは、四つです。
一つ、八人の職域の案。十四の作業に、しみ抜きの前処理を一つ加えました。
二つ、昇給の設計。十四の作業のうち四つに習熟の段階を作り、時給の加算をつけました。
三つ、本人への聞き取りを、年に二回の手順として入れる。
四つ、納付金と採用費の比較表。
四つ目は、人事部長の方の紙を作り直したものです。
採用のほうが千四百万円高い、という結論は、変わりませんでした。
変えられませんでした。
その数字を出したまま、採用を進める案を出しました。
人事部長の方は、「高いほうでいきます」と言いました。
理由は言いませんでした。
生活 ―― 三十一歳
年収は七百四十万円です。家賃は十万二千円で、一人で住んでいます。
実家は電車で一時間半のところにあります。
この五ヶ月で、三回帰りました。
工場に入った九日間は、安全靴を貸してもらいました。
底が硬くて、三日目に右の足の裏が痛くなりました。
土踏まずのあたりです。
帰ってから、百貨店で中敷きを買いました。二千八百円でした。
九日のために二千八百円を出した自分のことを、仕上げの区画に十四年いる方の靴と比べて考えました。
その方の靴は、かかとの外側だけが減っていました。
この五ヶ月で、いちばん長く覚えているのは、あの靴の減り方です。
弟に、仕事の話はしていません。
八月に帰ったとき、弟が作った箱を見せてもらいました。
角が、きれいに合っていました。
合っていることを、私が言う前に、弟が指で角を指しました。
後記 ―― 翌年の四月
筏さんから、数字が来ました。
雇用率は、二・四パーセントまで上がったそうです。
採用できたのは六人で、八人には届いていません。
六人のうち、三人が半年以内に辞めていました。
辞めた理由は、書いてありませんでした。
聞いていないのか、聞いて書かなかったのかも、分かりません。
しみ抜きをやってみたいと言った方は、前処理の作業に移ったそうです。
時給は、四十円上がったと書いてありました。
四十円を、月に百二十時間で掛けると、四千八百円です。
弟の工賃は、去年から変わっていません。
あの会議室で、私は「おっしゃるとおりです」と言いました。
いまでも、あの返事は正しかったと思っています。
正しかったのに、言った直後に喉が渇いたことを、覚えています。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。