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体験記 No. 111

在庫を減らす仕事で、三年寝ている酒の前に立たされた

案件地方の酒造会社(清酒・焼酎/売上24億・創業141年)・運転資本の改善と資金繰りの立て直し
話の中心立ち上がり
語り手須永 郁 / 32歳・入社5年目(夜間の経営大学院に自費で通っている)
読了約8分 · 5,400字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
CCC118日三日目に出した試算

百十八日のうち、九十六日は酒が眠っている時間だった。起こせば現金になる、と私は三日目に書いた――須永が、長靴で蔵に入った四ヶ月。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルは、百十八日だった。

棚卸資産の回転が九十六日、売掛の回収が五十四日、買掛の支払いが三十二日。

九十六引く、ではなく、九十六足す五十四引く三十二で百十八になる。

この計算を、私は夜間の大学院の授業で習った。

習ったから、三日目に試算を作った。

作った紙を、三日目に出したのが、この案件でのいちばん大きな失敗だ。

須永です。三十二歳。入社して五年目になる。

アサイン ―― 十月

クライアントは、地方の酒造会社だった。

清酒と焼酎を作っている。創業が百四十一年前。売上が二十四億円、従業員が六十八人。

借入が十八億円ある。営業利益率は二・一パーセント。

依頼は、運転資本を短くすることと、資金繰りを立て直すことだった。

依頼してきたのは会社だが、言ってきたのはメインバンクだ。

前の年に、経営改善計画を出している。その計画の中の、運転資本の項目が進んでいない。

進んでいないので、外から人を入れてくれと言われた、という経緯だった。

フィーは八百万円。期間は四ヶ月。

チームは、マネージャーの舟久保さんと、私の二人。

舟久保さんは三十九歳で、この案件には月に四日しか入らない。

残りは私が一人でやる。

私は、週に二回、十九時から二十二時まで夜間の経営大学院に通っている。

修了まで、半年だった。

授業料は、年に百八万円。自分で払っている。

窓口は、社長の弟

財務を見ているのは、専務の方だった。

社長の弟で、五十一歳。前は東京の食品の商社にいて、十二年前に戻ってきた人だ。

その人は、数字の話が速い。月次の試算表を、電話で読み上げられる。

初日に、十五分で状況を説明された。

要約すると、こうだ。

毎年十一月から、米を仕入れる。ここで現金が出る。

十月から四月が造りの時期で、人が入って、燃料と電気を使う。

できた清酒は、すぐに売らない。火入れをして、タンクで貯蔵する。

夏を越してから出すものがある。

焼酎は、蒸留してから貯蔵する。三年のものと、五年のものがある。

出荷すると、そこで酒税がかかる。

清酒だと、一キロリットルあたり十万円だ。

一升瓶で百八十円、四合瓶で七十二円くらいになる。

この酒税は、売上の入金より先に出ていく。

「だから、売れると現金が減るんです」と専務の方は言った。

その一行を、私はノートの一ページ目に書いた。

三日目の紙

三日目に、私は試算を作った。

棚卸資産の内訳を、専務の方からもらった表で割った。

清酒の仕込みのタンクが三十二本。焼酎の貯蔵のタンクが十八本。

焼酎の十八本のうち、三年以上入れているものが十一本あった。

その十一本の帳簿の価額が、一億四千二百万円だった。

棚卸資産の全体が五億八千万円なので、四分の一近い。

この十一本を、一年の貯蔵に切り替えると、回転日数が十九日短くなる。

百十八日が、九十九日になる。

運転資本が、計算上で一億二千万円くらい解放される。

この試算を、A4で一枚にした。

グラフも作った。棒が二本で、右のほうが短いグラフだ。

作ったのは、宿の机だった。二十三時から、二時間くらいかかった。

宿は、駅から車で十二分のところにあるビジネスホテルだ。一泊六千八百円。

朝食がついていて、六時半から食べられる。

その朝食の席で、私はもう一度その紙を見直した。

見直して、直したのはグラフの色だけだった。

中身は直していない。直すところがあると思っていなかった。

これを、専務の方に見せた。

その人は、「数字は合ってますね」と言った。

合ってますね、という言い方を、私はそのとき肯定だと思った。

いまは、あれは「数字は」の部分に重心があったのだと思っている。

四日目、蔵に入った

四日目に、蔵を見せてもらった。

長靴を貸された。借りた長靴は二十六センチで、私のサイズより大きかった。

中に入ると、寒い。十月の末で、外は十六度だったが、仕込みの蔵は五度くらいだ。

床は濡れている。コンクリートで、滑る。

麹室という部屋がある。麹を作る部屋だ。

戸を開けると、急に暖かい。三十五度くらいある。湿度が高い。

甘い匂いがする。栗のような匂いだと言われたが、私には米の匂いに近く感じた。

その部屋に五分いたら、頭が重くなって、眠くなった。

杜氏の方が、「慣れないと寝るよ」と言った。

杜氏の方は六十三歳で、この蔵に三十二年いる方だった。

「あんた、あれ書いた人か」

麹室を出たところで、その人は言った。

「あんた、あれ書いた人か」

あれ、が何かは、すぐに分かった。

三日目の紙だ。

専務の方が、朝の打ち合わせでその紙を回していた。

杜氏の方は、「十一本のうち、どれを止めるつもりだったの」と聞いた。

私は、答えを持っていなかった。

本数で計算していて、どの本かは考えていなかった。

その人は、タンクが並んでいる場所に連れていった。

十八本のうちの、奥の三本を指した。

タンクには、紙が貼ってある。手書きで、年と記号が書いてある。

いちばん奥の一本に、十年前の年が書いてあった。

「これは、出す予定がない」と言われた。

出す予定がないものを、なぜ置いているのか聞いた。

その人は、「混ぜるため」と言った。

長く置いたものを少しだけ混ぜると、味が変わる。

ブレンドの核になる分を、常に持っていないといけない、という話だった。

その話は、私の表には一行もなかった。

それから、その人はもう一つ言った。

「三年のを一年にしたら、三年後に三年のがなくなるよ」

当たり前のことだ。

当たり前のことを、私の試算は見ていなかった。

回転を速くした年は、現金が出る。

出るのは一度だけで、翌年からは売る商品がない。

一時的に在庫を取り崩して現金に換えることと、構造を変えることは別だ。

この区別を、私は授業で習っている。

習っているのに、エクセルの上では区別しなかった。

区別しなかった理由は、そのシートに時間の軸が一本しかなかったからだと思う。

粗利を見ていなかった

その日の夜、宿で品目別の粗利を出した。

最初から出しておくべきものだった。

清酒の普通酒が、粗利率で二十八パーセント。

純米の上の方のものが、三十九パーセント。

焼酎の通常のものが、三十一パーセント。

三年以上貯蔵の焼酎が、四十八パーセントだった。

いちばん高い。

数量は少ない。全体の売上の九パーセントしかない。

九パーセントで、粗利の額では十四パーセントを稼いでいた。

私が止めようとしたのは、いちばん利益率の高い商品だった。

回転日数だけで並べると、それが上に来る。

回転日数と粗利を、私は別々のシートで見ていた。

別々のシートで見ていたから、気づくのが四日遅れた。

四日のあいだに、紙は専務の方から社長に、社長から杜氏に回っていた。

組み直す ―― 十一月

舟久保さんが来た日に、全部話した。

舟久保さんは、「で、どうするの」と言った。

私は、在庫以外の二つで作り直すと言った。

売掛の五十四日と、買掛の三十二日だ。

売掛の中身を調べた。

取引先が四百二十社ある。

内訳は、酒販店が三百十社、飲食店への直販が六十社、量販とECが五十社。

回収の条件が、社ごとに違っていた。

古い取引先に、「翌々月末」の条件が残っていた。

百二十日のところが、十四社あった。

十四社の売掛の残高が、合わせて一億八百万円だった。

この十四社は、全部が二十年以上の取引先だった。

専務の方に、条件の見直しを提案した。

その人は、「全部は無理です」と言った。

四社なら話せる、と言われた。

四社を選んだのは、専務の方だ。

選ぶときに、その人は取引先の一覧を見ずに、名前を四つ言った。

言ってから、「この四つは、代が変わってるんです」と言った。

代が変わっている先は、昔の条件を知らない。だから話せる。

残りの十社は、先代から付き合いのある人がまだ現役だ。

その人たちには言えない、という理屈だった。

理屈として正しいかは分からない。

分からないが、私はその四社で計画を作った。

作るときに、残りの十社を「中長期の課題」と書いた。

中長期、という言葉を使ったのは、この案件で三回目だった。

酒税のほう

もう一つ、酒税の出方を並べ直した。

出荷して、翌月末に納める。

売上の入金は、平均で五十四日後だ。

つまり、酒税が出てから入金まで、二十日前後の穴がある。

この穴は、出荷が増える月ほど大きくなる。

いちばん大きいのは、十二月だった。

十二月の出荷は、年間の十七パーセントある。

その月の酒税の納付が、翌年の一月末だ。

一月は、米の代金の支払いも残っている。

一月の資金の谷が、いちばん深かった。

この谷を、グラフにして専務の方に見せた。

その人は、グラフを見て、「毎年これなんですよ」と言った。

毎年これなんですよ、を、三回言った。

三回言われて、私はこの案件の依頼が「知らないことを見つける」ではなく「知っていることを紙にする」仕事だったと分かった。

銀行に出す紙が必要だったのだ。

生活 ―― 三十二歳

年収は八百六十万円だ。家賃は九万八千円。

授業料が年に百八万円で、月に九万円を別に払っている感じになる。

この四ヶ月で、授業を五回欠席した。

グループで出す課題が二つあって、片方は私がほとんど何もしていない。

同じグループの人に、謝る連絡を三回した。

三回目に、「大丈夫です」と返ってきて、そのあと既読がつかなくなった。

十二月に、蔵に四日連続で入った。

朝の六時に蔵に入る日が二日あった。

五度の場所と三十五度の場所を行き来すると、鼻が詰まる。

腰も痛くなった。タンクの上に上がる階段が急で、手すりが細い。

三日目に、長靴の中で靴下が濡れているのに気づかなかった。

気づいたのは、宿で脱いだときだ。

足の指の間が、白くふやけていた。

その夜、宿の風呂に長く入った。

湯に浸かっていると、麹の匂いが髪から出てくる感じがした。

実際に匂っていたのかは分からない。

翌朝、同じ宿に泊まっていた知らない人と、エレベーターで一緒になった。

その人が、少し鼻を動かした気がした。

気がしただけだ。

東京に戻って最初の授業の日、教室で隣の席の人に「酒蔵の案件ですか」と聞かれた。

なぜ分かったのか聞いたら、「鞄が」と言われた。

鞄に、長靴を入れていた袋を入れたままにしていた。

最終報告 ―― 翌年の一月

出したのは、四つだ。

一つ、売掛の回収条件の見直し。四社に絞って、翌々月末を翌月末にする交渉の順番を書いた。

二つ、酒税と米の支払いが重なる一月の資金の谷に、短期の枠を手前で用意する計画。

三つ、設備の投資の延期。瓶詰めのラインの入れ替えを、二年後ろにずらす。四千二百万円。

四つ、在庫については、三年以上貯蔵の十一本は維持する。

四つ目を、私は自分で書いた。

維持する理由として、品目別の粗利の表を入れた。

専務の方は、その表を見て、「これは最初に見たかったですね」と言った。

その一言は、三日目の紙のことだと思う。

杜氏の方は、最終報告の日に、会議室には来なかった。

来なかったことを、私は専務の方に聞かなかった。

報告のあと、蔵のほうに挨拶に行った。

その人は、タンクの横で何かを書いていた。

私が声をかけたら、顔を上げて、「終わったの」と言った。

終わりました、と答えた。

その人は、「須永さん、十一本、残ったね」と言った。

残りました、と答えた。

それだけだった。

握手も、礼も、なかった。

なかったことを、私はいまのところ悪い形では覚えていない。

後記 ―― 半年後

CCCは、百十八日から百九日になったそうだ。

九日の短縮で、ほとんどが売掛の分だ。

四社のうち、条件が変わったのは二社だった。

在庫は、減っていない。棚卸資産は、むしろ二千万円増えていた。

増えた理由は、前の年の造りが良かったからだと聞いた。

資金の谷は、短期の枠で越えたそうだ。

銀行の支店長は、春に交代した。

新しい支店長に、私たちの作った計画がどう見えているかは、知らない。

大学院は、三月に修了した。

二月の授業で、運転資本のケースをやった。

小売の会社のケースで、在庫の回転を上げる、という結論の授業だった。

教員が「他に打ち手はありますか」と聞いた。

私は、手を挙げなかった。

挙げようとして、何を言うかを三十秒くらい考えて、やめた。

言おうとしていたのは、たぶん十年前の年が書いてあるタンクのことだ。

あれを、授業で説明する言葉を、私はまだ持っていない。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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