去年は十一億円でした、と課長が最初に言った
増やす仕事だと聞いていた。増やし方が決まっていることを、私は三日目に知った――真壁が、片道二時間半を十九回往復した五ヶ月。
その町の町税の収入は、十八億円だった。
人口が一万九千人。一般会計が百十億円。
ふるさと納税の寄付額が、前の年に十一億二千四百万円あった。
町税の六割に当たる金額が、町の外から来ている。
この数字を、企画政策課長の方は、名刺を渡したあとの二番目の文として言った。
「去年は十一億円でした」
誇っているのか、困っているのか、声では分からなかった。
真壁です。三十四歳。入社して十年目になる。シニアコンサルタントだ。
アサイン ―― 六月
依頼は、寄付額を増やすことと、返礼品の構成を作り直すことだった。
目標は、二十億円と書いてあった。
前の年の十一億円から、二倍近い。
委託の金額は千百万円。期間は五ヶ月。
チームは、私と、マネージャーの方が月に二日。
実質は一人だ。
一人の案件が回ってくるのは、私がこういう案件を取るようになったからだ。
二年前に、マネージャーへの昇格の打診を断っている。
断った理由は、全部は書かない。
一つだけ書くと、人を評価する側に回りたくなかった。
断ったあと、案件の種類が変わった。
金額の小さい案件、期間の短い案件、一人で行く案件が増えた。
それが悪いと思っていない。思っていないことを、年に二回くらい確かめている。
同期は十四人いた。
いま残っているのが六人で、そのうち四人がマネージャー以上だ。
四人のうち一人が、三月にシニアマネージャーになった。
社内の通知のメールで知った。
おめでとうと送って、ありがとうと返ってきた。
その往復が、四行で終わった。
四行で終わったことに、私は少し安心した。
安心したのを、安心だと言っていいのかは、分からない。
三日目に、決まりを読んだ
ふるさと納税には、国が決めた枠がある。
返礼品の調達にかける費用は、寄付額の三割以下。
返礼品の調達費に、送料、決済の手数料、ポータルサイトの手数料、事務の費用を全部足した経費の総額が、寄付額の五割以下。
この二つを守らないと、制度の対象から外される。
外されると、寄付が寄付控除の対象にならない。つまり、ほぼゼロになる。
前の年の秋に、ポータルサイトが寄付者にポイントを付けるのが禁止になっていた。
この町の寄付額は、その影響で、前の年の十月から十二月が前年より十四パーセント落ちていた。
落ちた分を、年末の駆け込みで半分くらい取り戻していた。
枠を読んで、私がまず作ったのは、増やす案ではなく、いまの経費率の表だった。
計算すると、四十七・二パーセントだった。
五割まで、二・八パーセントしかない。
金額にすると、三千百万円だ。
つまり、寄付を十一億円から二十億円にするには、増えた九億円の経費を、同じ五割の枠の中で収めないといけない。
比率だから収まる、と考えるのは一見正しい。
正しくないのは、事務の費用が比率で増えないところだ。
事務の費用には、職員の人件費が入る。
入るのだが、兼務の職員の人件費を、この町は全額をふるさと納税の経費に入れていなかった。
三人の兼務分を、三割だけ入れていた。
三割の根拠を聞いたら、「前からそうです」と言われた。
前からそう、を厳密に直すと、経費率は四十九・八パーセントになった。
五割まで、〇・二パーセントだ。
この計算を、私は最初の報告には出さなかった。
出さなかった理由は、出すと最初の会議が経費率の議論で終わると思ったからだ。
八月に出した。出したら、課長の方は「そうなりますよね」と言った。
知っていた、という言い方だった。
役場の、人の数
担当しているのは、専任の職員が二人、兼務が三人、それと臨時の職員が四人だった。
九人で、年間の寄付の件数を処理している。
前の年の件数は、六万二千件だった。
一件あたり、問い合わせと発送の調整と、礼状の処理がある。
六万二千件を九人で割ると、一人あたり六千九百件だ。
営業日を二百四十日とすると、一日に二十九件。
二十九件なら回る、と最初は思った。
回っていなかった。
課長の方に聞いたら、十一月から十二月は、兼務の三人が他の仕事を止めて入っているという。
止めている仕事は、総合計画の進捗の管理と、統計の照会と、議会向けの資料だった。
その三つが、二ヶ月遅れる。
遅れたまま一月に戻って、三月までに片付ける。
「毎年そうです」と言われた。
二十億円にすると、件数は十一万件くらいになる。
そのとき、止める仕事が増える。
この話を、私は提案の資料に入れていなかった。
入れなければいけないと気づいたのは、三日目だった。
三日目に、専任の職員の一人に話を聞いた。
二十九歳の方で、この仕事を四年目だという。
その人は、十二月の二週目から三週目のことを、「毎日二百件くらい電話が来ます」と言った。
内容の多くが、発送の時期の問い合わせだった。
年内に届くか、という電話だ。
届かないものがある。届かないと言うと、怒られる。
その人は、「怒られるのは慣れました」と言った。
慣れました、という言葉を、私はこの五ヶ月で三人から聞いた。
三人とも、別の部署の人だった。
返礼品の棚
返礼品は、四百十二点あった。
品目でまとめると、肉、米、果物、魚の加工品、酒、菓子、工芸品、宿泊券、体験の券。
寄付額の分布を出した。
上位の十点で、寄付額の六十八パーセントだった。
いちばん上が、牛肉の切り落としの一・二キログラムのセットだ。一万五千円の寄付で出す。
これだけで、二億四千百万円あった。
二番目が米で、三番目も肉だった。
いちばん下のほうには、年に一件とか、三件のものが並んでいる。
四百十二点のうち、年間の申込みが十件未満のものが、百九十四点あった。
半分近くだ。
百九十四点の合計の寄付額は、全体の一・一パーセントだった。
この分布を見て、私は最初に「裾を切る」案を考えた。
点数を四百十二から百二十に減らす。事務の負荷が下がる。
下がった分で、十一万件を回せるようにする。
計算は、合う。
畜産の方のところ
七月に、事業者を十一軒回った。
肉を出している方のところに行った。
五十七歳の方で、牛を百八十頭飼っている。
その人は、ふるさと納税で出している分が、売上の四割になると言った。
四割だ。
それから、こう聞かれた。
「うちの肉は、隣の町のより安いですか」
私は、調べていなかった。
その場で携帯で見た。隣の町が、同じ重さのセットを一万四千円で出していた。
千円安い。
その人は、「でしょう」と言った。
隣の町の寄付額は、三年前に四億円で、前の年に十九億円になっていた。
十九億円だ。この町の十一億円より多い。
その人は、「あっちは、専門の会社が入ったらしいね」と言った。
専門の会社、というのは私たちのような会社のことだと思う。
思ったが、聞き返さなかった。
聞き返さなかったのは、答えが想像できたからだ。
隣の町に入った会社が、どこかは分からない。
分からないが、やったことはだいたい同じだと思う。
肉の単価を下げ、刻みを増やし、ポータルを増やす。
同じことをやると、両方の町の経費率が上がって、寄付者が得をする。
この構造を、私は資料に書いていない。
書く欄がなかった、というのは言い訳だ。
工芸品の方のところ
同じ日に、もう一軒行った。
木の器を作っている方だった。七十一歳で、一人でやっている。
年間の申込みは、七件だった。
私が切ろうとしていた百九十四点の中に、この人の品が入っている。
その人は、七件のことを知っていた。
「少ないでしょう」と自分から言った。
それから、「でも、載ってるだけでいいんです」と言った。
載っていると、町の外から電話が来ることがある。
年に二回か三回で、注文にはならないことが多い。
ならないけれど、電話が来る。
その話を聞いて、私は百九十四点を切る案をやめた。
やめたのが正しいかは、分からない。
事務の負荷の問題は、残ったままだ。
残したまま、別の解き方を探すことになった。
増やし方の、残り
枠を読んで、事業者を回って、最後に残った打ち手は、四つだった。
一つ、上位の数点について、寄付の金額の刻みを増やす。一万五千円のほかに、三万円と五万円を作る。
二つ、ポータルサイトを、いま二つ使っているのを四つにする。手数料は増えるが、三割の枠の外ではなく中で収まる計算になる。
三つ、発送の時期を分散させる。十二月に集中している発送を、申込みの時点で「三月発送」を選べるようにする。
四つ、事務の一部を外に出す。問い合わせの一次対応と、礼状の処理だ。
四つ目は、経費の総額を押し上げる。押し上げたうえで五割に収まるかを、三回計算し直した。
収まるのは、寄付額が十六億円を超えたときだった。
つまり、十六億円までは経費率が苦しくなる。
この「苦しくなる区間」を、私は資料の中ほどに入れた。
町長の方への説明の日に、その区間のページで三十秒くらい止まった。
町長の方は、六十八歳で、三期目だった。
その人は、ページを見て「十六億までは我慢ですか」と言った。
我慢です、と私は答えた。
答えてから、我慢をするのは私ではないと思った。
町長の方は、そのあとで別のことを言った。
「真壁さん、この町に住んだことありますか」
ありません、と答えた。
その人は、「そうでしょうね」と言って、笑った。
嫌な笑い方ではなかった。
それから、「うちは、十年後に人口が一万五千人です」と言った。
推計のことだ。資料の最初のページに、私が入れた数字だった。
入れたのは私なのに、その人の口から聞くと、別の数字に聞こえた。
自分のこと
私も、ふるさと納税をしている。
去年は、三箇所に出した。合計で八万円だ。
返礼品は、米と、ホタテと、タオルだった。
八万円のうち、七万八千円が私の住んでいる区の住民税から減る。
減った分は、区の予算から消える。
消えた分で、区の何かが減っているはずだが、どれが減ったかは分からない。
この案件をやっているあいだ、その「分からない」が気になるようになった。
気になったが、今年もやると思う。
やめる理由を、自分の中に見つけられていない。
生活 ―― 三十四歳
年収は九百二十万円だ。家賃は十一万七千円。
この町までは、新幹線と在来線とレンタカーで、片道二時間半かかる。
五ヶ月で、十九回往復した。
レンタカーは、だいたい軽だった。一日四千六百円のクラスだ。
町内の移動が多い。事業者のところまで、片道二十分とか三十分かかる。
一日で百四十キロ走った日があった。
運転していると、腰が痛くなる。
十年前は痛くならなかった。
町のコンビニは二軒ある。役場から近いほうで、昼はだいたい同じものを買った。
おにぎり二つと、野菜のジュース。四百八十円くらいだ。
十一月に、冬のタイヤの話になった。
レンタカーの会社の人に、「十二月からは四輪駆動のほうがいいですよ」と言われた。
四輪駆動は、一日七千九百円だった。
経費で出る。出るが、三千三百円の差を、私は十秒くらい迷った。
迷ったことを、町の人の前では言っていない。
後記 ―― 翌年の十月
寄付額は、十四億八千万円になったそうだ。
二十億円には届いていない。
課長の方から、メールで数字をもらった。
増えた三億六千万円のうち、七割が肉だった。
刻みを増やしたのが効いたらしい。三万円と五万円のセットが、思ったより出た。
経費率は、四十九・一パーセントだった。
五割まで、〇・九パーセントだ。
事務の外部委託は、入れた。問い合わせの一次対応だけだ。
礼状は、まだ中でやっているらしい。
それと、メールの最後に一行あった。
肉の加工をしている先が、町の中に一軒しかない。
その一軒の社長が、七十四歳で、後継者がいない。
去年の秋に、いちど入院していたそうだ。
入院していた三週間、発送が止まった。
止まった三週間の寄付額が、前年の同じ時期の四割だった。
この話を、私は五ヶ月のあいだ一度も聞いていない。
聞かなかったのか、言われなかったのかは、分からない。
木の器の方の品は、まだ載っているそうだ。
申込みは、五件だったと書いてあった。
七件から、二件減っている。
課長の方は、四月に異動していた。
異動の先は、税務の課だった。
新しい課長の方には、会っていない。
私たちが作った資料が、その人に引き継がれているかも、確かめていない。
確かめていないのは、依頼が終わっているからだ。
終わっているので、私はいま別の町にいる。
こちらは人口が三万人で、依頼は公共施設の長寿命化の計画だ。
役場の駐車場に車を停めて、同じようにノートパソコンを膝に載せている。
この駐車場の白い線も、剥げている。
剥げ方が、前の町とよく似ている。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。