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体験記 No. 113

夜に居られない私が、夜に止まる機械を調べていました

案件ガラス容器(瓶)メーカー・設備保全の高度化と突発停止の削減(炉2基・24時間連続操業)
話の中心仮説構築
語り手伴 直人 / 34歳・入社9年目(六ヶ月の育児休業から復帰して一本目)
読了約9分 · 6,100字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
突発停止412時間センサー32個のうち11個

三十一年やっている人は、音で分かると言いました。私は、音のしない場所にセンサーをつけました――伴が、千四百八十度の前に立った六ヶ月。

炉は、止められません。

ガラスを溶かしている炉の中は、千四百八十度あります。

止めると、中のガラスが固まります。固まると、炉を壊して作り直すことになります。

炉の寿命は、八年から十二年です。その途中では止められません。

だから、二十四時間、三百六十五日動いています。

人は、三交代で入ります。

私は、夜に入れませんでした。

伴です。三十四歳。入社して九年目になります。

アサイン ―― 四月

六ヶ月の育児休業から、三月末に戻りました。

子どもは、そのとき生後九ヶ月でした。

復帰の面談で、私は二つ言いました。

一つ、十八時に保育園の迎えがある日が、週に三日あること。

二つ、夜勤や宿泊の多い案件は、半年のあいだ難しいこと。

パートナーの方は、「分かった」と言いました。

それから、ガラスの会社の案件に入ってくれと言われました。

クライアントは、ガラスの容器を作っている会社でした。

瓶です。調味料、飲料、化粧品の瓶を作っています。

売上が八十七億円、従業員が三百二十人。工場が二つで、主力の工場に炉が二基あります。

依頼は、突発停止を減らすことと、保全の部門を作り直すことでした。

前の年の突発停止は、合計で四百十二時間ありました。

止まると、生産が落ちます。損失の見積もりが、年に二億一千万円でした。

フィーは千六百万円。期間は六ヶ月。

チームは、マネージャーの筒見さんと、私と、二年目の人の三人です。

筒見さんが、「夜のことは僕が入るから」と言いました。

その一言に、私はその場で礼を言いました。

礼を言ったことを、あとで何度か思い出します。

二年目の人は、二十四歳でした。

その人は、夜勤に四回入りました。

四回入った人のメモは、私のメモより細かかったです。

細かいのに、どこが大事かが書いてありませんでした。

大事かどうかを決めるのは、私の仕事です。

私は、その人のメモを読んで、分析の対象を決めていました。

つまり、現場で起きたことを、一度、人の文章を通して見ていたことになります。

このことに気づいたのは、八月です。

工場に入る

工場は、暑いです。

炉の近くは、四十度を超えます。夏はもっと上がります。

炉には覗き窓があります。小さい窓で、厚い色のついたガラスが入っています。

覗くと、オレンジ色の面が見えます。

その窓から顔を離さずに五秒いると、頬が熱くなります。

炉から出たガラスは、製瓶機に送られます。

溶けたガラスの塊が、上から落ちてきて、金型に入ります。

その塊を、現場ではゴブと呼びます。

製瓶機は八台ありました。一台で、一分間に二百本くらい作ります。

できた瓶は、徐冷炉に入ります。現場ではレアと呼びます。

ゆっくり冷やさないと、瓶が割れます。

そのあと、検査機を通って、梱包されます。

音は、大きいです。耳栓をしないと、十分で頭が痛くなります。

保護のメガネは、十五分で曇ります。曇ったら外して、拭いて、またかけます。

四百十二時間の中身

最初の三週間で、過去二年の停止の記録を全部入力しました。

記録は、紙の日報と、生産管理のシステムの両方にありました。

一致していませんでした。

紙のほうが細かくて、システムは三十分未満の停止が入っていませんでした。

紙から拾い直すと、件数が千百四十件になりました。

四百十二時間の内訳は、こうです。

製瓶機が、二百十八時間。

金型の不具合が、八十九時間。

検査機が、五十四時間。

徐冷炉のコンベアが、三十一時間。

それ以外が、二十時間。

いちばん大きいのは製瓶機です。

製瓶機の中で、さらに割りました。

ゴブの切り出しの不調が、九十四時間でいちばん長かったです。

次が、金型の開閉の不調で、四十一時間。

その次が、空気の圧力の低下で、三十三時間でした。

件数で見ると、別の順番になります。

件数では、金型の開閉がいちばん多くて、二百八十四件でした。

一件あたりが短いのです。平均で八・七分です。

八・七分で止まって、直して、動かす。これが一日に二回か三回ある。

現場の方に聞いたら、「あれは止まったって言わないですね」と言われました。

言わない、というのは、記録に残さないという意味ではありません。

残しているけれど、止まったという感覚がない、という意味でした。

四百十二時間のうち、四十一時間は「止まったと思われていない時間」です。

この一行を、私は資料の最初のほうに入れました。

入れたのは、自分がいちばん驚いたからです。

仮説を立てた ―― 五月

私は、予兆を取る仮説を立てました。

製瓶機の動く部分に、振動と温度のセンサーをつける。

動きが乱れる前に、振動の波形が変わる。変わったところで止めて、直す。

計画して止めれば、止まる時間は短くなります。

センサーは、三十二個つけました。

八台の製瓶機に、一台あたり四個です。

つけた場所は、カムの軸、金型の開閉の部分、空気の配管、それと機械の台です。

この四箇所を選んだ根拠は、機械のメーカーの資料と、過去の修理の記録でした。

データは、三ヶ月取りました。

五月から七月です。

データが出ませんでした

八月に、三ヶ月のデータを解析しました。

結果は、はっきりしていました。

予兆が、取れませんでした。

理由は、二つありました。

一つ、故障の数が少なすぎました。

三ヶ月のあいだに、ゴブの切り出しの不調が起きたのは、十九回です。

十九回で、三十二個のセンサーのどれが効くかを決めるには、足りません。

二つ、センサーの値が動いたときに、その前後で機械が止まっていないケースが多すぎました。

振動が大きくなっても、止まらないことが普通にある。

これだと、何も言えません。

三つ目の理由も、あとで分かりました。

センサーの位置です。これは八月の末に分かります。

解析をしていた一週間は、暑かったです。

工場の事務所の二階を、作業の場所として借りていました。

空調が弱くて、午後は二十九度くらいになります。

ノートパソコンの底が熱くなって、膝に載せられませんでした。

その部屋で、三ヶ月のデータを何度も並べ替えました。

並べ替えても、出ないものは出ません。

出ないと分かるまでに、四日かかりました。

四日のうち、三日目の夜に、私は十八時の迎えを一度落としました。

パートナーに連絡して、代わってもらいました。

その日に出た結論が、「予兆は取れない」でした。

落とした日に出た結論が、何も見つからないことだったのが、いちばん効きました。

この結果を、筒見さんに持っていきました。

筒見さんは、「で、どうする」と言いました。

私は、データを六ヶ月に伸ばしたいと言いました。

筒見さんは、「期間は六ヶ月だよ」と言いました。

案件の期間です。九月に終わります。

「音で分かる」

八月の二週目に、炉の担当の方に話を聞きました。

五十八歳の方で、この工場に三十一年います。

その人は、ゴブの切り出しの不調を、起きる前に分かると言いました。

分かる、というのは、だいたい何分前かと聞きました。

「十分くらいかな」と言われました。

どうして分かるのか聞きました。

その人は、「音で分かる」と言いました。

私は、それを三週間、「経験」として扱いました。

扱ったというのは、分析の対象から外したということです。

外した理由を書きます。

音の分析は、やろうとすると機材と時間が必要です。

残りの期間で、間に合わないと判断しました。

判断は、たぶん正しかったです。

正しかったのに、私はそのあと同じ人に二度話を聞いていません。

一度だけ、夜に入りました

八月の最後の週に、夜勤に入りました。

二十二時から、翌朝の六時までです。

家で、前の週に話をしました。

パートナーは、その日は朝の会議があるので、私が朝に戻れないと困る、と言いました。

結局、パートナーの母親に泊まりに来てもらいました。

交通費と、お礼で、一万五千円くらいかかりました。

夜の工場は、昼と違いました。

人が少ないです。製瓶機の区画に、三人しかいません。

音が、昼より大きく聞こえました。

人の声がないからだと思います。

三時すぎに、ゴブの切り出しの不調が起きました。

起きる八分くらい前に、あの方が立ち上がりました。

その人は、その夜は別の担当でしたが、応援で入っていました。

立ち上がって、製瓶機のほうではなく、炉と機械のあいだのところを見に行きました。

ゴブが落ちてくる場所です。

私は、そこにセンサーをつけていませんでした。

見ていたもの

あとで聞きました。

その人が見ているのは、機械の音ではなかったです。

ゴブが落ちるときの、落ち方でした。

落ちる塊の形が、わずかに細くなる。

細くなると、金型に入る量が変わる。

それが続くと、切り出しのところで詰まる。

音というのは、落ちるときの音のことでした。

機械の振動の音ではなく、ガラスが落ちる音です。

私がつけた三十二個のセンサーは、機械の鉄の部分についていました。

見るべきだったのは、落ちてくるガラスでした。

その人は、「聞かれなかったからね」と言いました。

聞いています。音で分かると聞いて、私は経験だと言って終わりにしました。

何の音か、を聞いていません。

その違いは、一語です。

音で分かる、と言われたときに、「何の音ですか」と聞けばよかったです。

聞かなかった理由を、いま書きます。

聞くと、分かっていないことが相手に分かります。

三十一年いる人の前で、九年目の人間が、設備の話で分かっていないことを見せたくなかった。

これが理由です。

技術の話ではありません。

組み直す ―― 九月

残りの三週間で、やり直しました。

やったのは、三つです。

一つ、故障モードの一覧を、人から聞いて作りました。

製瓶機の担当の方、八人に、一人四十分ずつ聞きました。

「止まる前に何を見ますか」という聞き方にしました。

出てきたのが、二十七個ありました。

二十七個のうち、センサーで取れそうなものが、六個でした。

残りの二十一個は、人が見ているものでした。

二つ、ゴブの落ち方を撮る案を書きました。

カメラを、落下の場所に向けて置く。

実際の設置は、この案件の中ではできませんでした。見積もりだけ出しました。

一台で四百八十万円です。八台で、三千八百四十万円。

三つ、交換の基準を変えました。

金型の交換を、いまは「使用から何日」で決めていました。

これを、「成形の回数」に変える。

同じ日数でも、作る本数で金型の減りが違います。

回数で管理すると、交換のタイミングが揃います。

この三つ目は、センサーもカメラも要りません。

生産管理のシステムに入っている数字で、できます。

最終報告 ―― 九月の末

報告で、私は予兆の検知が成立しなかったことを、二枚目に書きました。

書き方は、「三ヶ月のデータでは検証に至らなかった」です。

保全課長の方は、四十四歳で、この工場に十六年いる方でした。

その人は、二枚目を読んで、「伴さん、正直に書いてあって助かります」と言いました。

助かります、の意味を、私はその場では考えませんでした。

あとで、考えました。

その人は、たぶん社内で「センサーをつければ分かる」と言われていたのだと思います。

言っていたのは、本社の人か、役員の方か、どちらかです。

分かりませんでした、と外の人間が書くと、その人の立場が少し楽になります。

私の資料は、技術の結論ではなく、その人の説明の材料になりました。

材料になったこと自体は、悪いとは思いません。

思わないのですが、六ヶ月で千六百万円のうち、その部分がいくらなのかは考えました。

通ったのは、故障モードの一覧と、金型の交換の基準の変更でした。

カメラの案は、「来期の予算で検討」になりました。

センサーは、三十二個のうち十一個を残すことになりました。

残した十一個は、温度を見るものです。

振動のほうは、ほとんど使われませんでした。

生活 ―― 三十四歳

年収は八百二十万円です。家賃は十四万六千円で、三人で住んでいます。

育児休業のあいだの給付は、最初の半年が賃金の六十七パーセントでした。

手取りで比べると、休んでいたときと復帰したあとで、思ったより差がありませんでした。

差がなかったことに、戻ってから気づきました。

十八時の迎えには、週に三日行きました。

行けなかった日が、六ヶ月で四日あります。

工場に泊まった日と、夜勤の日と、報告の前の二日です。

身体のことを、二つ書きます。

一つは、耳です。

耳栓をしていても、工場に一日いると、帰りの電車で耳が詰まった感じが残ります。

二つは、夜勤明けの頭です。

六時に上がって、七時半に家に着きました。

子どもが起きていました。

抱いたら、頭の匂いがしました。

その匂いが、工場の匂いと混ざりました。

混ざったことが、その朝はただ嫌でした。

その朝、シャワーを浴びてから、もう一度抱きました。

二度目は、嫌ではありませんでした。

嫌ではなかったので、一度目のことを、しばらく誰にも言いませんでした。

言わなかったのに、いまここに書いています。

書いている理由も、よく分かりません。

後記 ―― 翌年の六月

突発停止は、四百十二時間から三百五十八時間になったそうです。

五十四時間、減りました。

減った分の内訳を、保全課長の方がメールで送ってくれました。

金型の不具合が、八十九時間から四十一時間になっていました。

これが、減った分のほとんどです。

交換の基準を回数に変えたのが効いた、と書いてありました。

センサーの十一個は、動いています。

温度の異常で止めたことが、半年で二回あったそうです。

カメラは、入りませんでした。来期の予算から落ちたそうです。

理由は、四千万円という金額でした。

あの方は、定年の年齢になったあと、再雇用で残っているそうです。

勤務は、昼だけになったと書いてありました。

昼だけになったので、夜の落ち方を見る人がいません。

それを、保全課長の方は書いていました。

書いてあったのは、一行だけでした。

私は、その一行に返信をしていません。

返信の文を、三回書いて、三回消しました。

いまも、書いていません。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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