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体験記 No. 114

「昔は、数字だけでしたよね」と言われて、私は頷いた

案件保険乗合代理店(来店型12店/募集人180人)・募集体制の整備と教育体系の再構築
話の中心アサイン
語り手戸井田 省吾 / 62歳・シニアアドバイザー2年目(前職・損害保険会社の営業本部長)
読了約10分 · 6,200字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
格付けがBに手数料で年1,900万円減

私が二十年かけて作ったものを、六ヶ月で外しに行った。外しに行った場所に、私を知っている人が座っていた――戸井田が、十二店の低い椅子に座った六ヶ月。

その代理店の手数料の格付けが、AからBに下がった。

下がると、手数料の率が〇・八ポイント落ちる。

年間の手数料収入が二十四億円あるので、落ちる額は千九百万円くらいだ。

この千九百万円という数字が、私たちのフィーと同じだった。

同じだと気づいたのは、契約書に判を押したあとだ。

戸井田です。六十二歳。シニアアドバイザーになって二年目になる。

呼ばれた経緯

私は、損害保険の会社に三十七年いた。

最後の六年は、営業の本部長をやっていた。

六十歳で辞めて、このファームに入った。シニアアドバイザーという肩書だ。

やることは、案件に名前を貸すことと、クライアントの役員と話すことだと言われた。

実際、一年目はそれだけだった。

役員の方と昼を食べて、昔の業界の話をして、帰る。

それで月に四日入る。報酬は、年に四百八十万円だ。

二年目の四月に、マネージャーの八坂さんから電話が来た。

八坂さんは三十八歳で、金融のチームにいる。

「戸井田さん、代理店の体制整備、入ってもらえませんか」と言われた。

名前を貸すだけではなく、実働で入ってほしいという話だった。

理由を聞いた。

八坂さんは、「社長が、現場を知らない人の話を聞かないんです」と言った。

それから、「前任のチームが、三ヶ月で切られました」と言った。

前の年の秋に、別のファームが入って、三ヶ月で契約が終わっていた。

終わった理由は、社長の方が「若い人ばかりで、売ったことがない」と言ったからだという。

その話を聞いて、私は引き受けた。

引き受けた理由は、頼まれたからではない。

売ったことがある、という条件に自分が合うと思ったからだ。

合うと思ったことが、この六ヶ月でいちばん甘い見立てだった。

フィーは千九百万円。期間は六ヶ月。

チームは、八坂さんと、コンサルタントが二人、それと私だ。

クライアント

クライアントは、保険の乗合代理店だった。

生命保険を十一社、損害保険を六社扱っている。

来店型のショップが十二店、それと訪問型の部隊がある。

募集人が百八十人。手数料収入が二十四億円。

社長は五十四歳で、この会社を二十二年前に作った方だった。

元は、大手の生保の営業職員だ。

自分でトップセールスをやっていた人で、いまも契約を持っている。

依頼は、募集の体制を整えることと、教育の体系を作り直すことだった。

きっかけは、生保の一社から受けた代理店の監査だ。

指摘は、三つあった。

一つ、お客様の意向を確認する書面の記録が、十三パーセントで不備があった。

二つ、複数の保険会社の商品を比べて推奨するときの、比べた理由の記録がない店が四店あった。

三つ、募集人の研修の実施時間が、会社の規程の年間十二時間に対して、実績が平均七・四時間だった。

この三つで、格付けがAからBになった。

格付けは、新規の実績、継続率、それと体制の整備の状況で決まる。

決まった等級で、手数料の率が変わる。

この代理店は、実績の面では高い評価を受けていた。落ちたのは、体制の部分だけだ。

指摘した一社の手数料が、収入の二十四億円のうち三億一千万円を占めていた。

一社の指摘で、年に千九百万円が消える。

社長の方は、この計算を自分でやっていた。

やっていたのに、研修を増やす話には反対する。

反対する理由は、研修を増やしても格付けが戻る保証がないからだ。

保証がないのは、本当だ。

戻る保証がないものに売る時間を使う判断を、私は本部長だった頃に何度も断っている。

断っていた側のことを、いまは忘れたふりをして座っていた。

最初の打ち合わせ

五月の第二週に、社長の方に会った。

本社の、社長室だった。

壁に、表彰状が十四枚かかっていた。

半分は、保険会社が代理店に出す表彰だ。残りの半分は、社長の方が営業職員だった時代のものだった。

座って、八坂さんが依頼の確認をした。

社長の方は、十分くらい聞いて、それから私のほうを見た。

「戸井田さんは、本部長をやられてたんですよね」

はい、と答えた。

「どこの会社ですか」

会社の名前を言った。

その人は、「あそこの代理店、昔やってました」と言った。

やっていた時期を聞いた。十九年前から、七年くらいだという。

私が本部長になる前だ。だが私はその時期、営業の企画の部署にいた。

つまり、その人が代理店をやっていた頃、私は代理店に配る目標を作る側にいた。

このことを、その場では言わなかった。

「昔は、数字だけでしたよね」

話が、研修の時間の話になった。

年間十二時間の規程に対して、実績が七・四時間だ。

私は、研修を増やす必要があると言った。

社長の方は、「増やすと、数字が落ちますよ」と言った。

一人あたりの稼働の時間が決まっている。研修に二十時間使うと、その分だけ訪問が減る。

正しい。

正しいので、私は「落ちる分は、格付けが戻れば取り返せます」と言った。

千九百万円の話だ。

社長の方は、少し笑った。

それから、こう言った。

「戸井田さん、昔は数字だけでしたよね」

意味を聞かなかった。

聞かなくても分かった。

私が企画にいたとき、代理店に配っていたのは、新規の件数と継続率だけだった。

募集の手順について、何かを配った記憶がない。

その人は、続けて言った。

「あのときの資料、まだ持ってますよ」

持っているという話が、本当かは分からない。

私は、頷いた。

頷いたのは、反論を思いつかなかったからだ。

自分の言葉

あの頃、私が使っていた言い方がある。

「数字は、後から付いてくる」ではない。

その逆だ。

「数字が出ていない人の話は、聞かなくていい」

これを、会議で言った。二回か三回ではない。

意味は、「数字を出せば何を言ってもいい」ということだ。

実際、そうなった。

売れる人が偉い。売れる人は、手順を飛ばしてもいい。

飛ばしたことを、誰も言わない。

この文化を、私は作った側の一人だ。

一人、という言い方は、少し逃げている。

私が配った目標の数字は、誰も覚えていない。

覚えているのは、数字が出ていない人の話は聞かなくていい、のほうだ。

言われ方は、残る。

これを、六ヶ月のあいだに三回思い出した。

三回とも、店の低い椅子に座っているときだった。

十二店を回った ―― 六月

十二店を、全部回った。

来店型の店は、ショッピングセンターの中や、駅前の一階にある。

カウンターがあって、椅子が低い。

低い椅子に、一日で四時間座った日があった。

膝が痛くなった。

立ち上がるときに、カウンターに手をつく。

つくと、若い募集人が「大丈夫ですか」と言う。

大丈夫だと答える。その繰り返しが、十回くらいあった。

店ごとに、記録の残り方が違っていた。

良い店は、意向を確認した書面に、お客様の言葉がそのまま書いてある。

「子どもが来年から私立に行くので、学費の分だけ」とか、そういう書き方だ。

悪い店は、選択肢に丸がついているだけだった。

丸だけの店が、五店あった。

五店のうち四店が、監査で指摘された四店と一致していた。

残りの一店は、指摘を受けていない。

受けていないのは、監査の対象のサンプルに入っていなかっただけだ。

二年目の募集人

七月に、ある店で二十四歳の募集人の方に話を聞いた。

入社二年目だ。前職はアパレルの販売だと言っていた。

その人の成績は、十二店の中で下から三番目だった。

手取りが、月に十九万円だと言われた。

固定が十六万円で、歩合が三万円くらい。

同じ店の、三十一歳の方は、月に四十万円を超えるそうだ。

その差を、その人は知っていた。

「自分が、話を聞きすぎるんだと思います」と言った。

意味を聞いた。

一件のお客様に、一時間半かける。先輩は四十分で終わる。

終わらせる人のほうが、数字が出る。

それで、「どっちが正しいんですか」と聞かれた。

私は、答えた。

「時間をかけたほうが正しいですよ」と言った。

言ってから、それが答えになっていないと思った。

正しいほうが、手取りが二十万円少ない。

その事実を、私は変えられない立場で、そこに座っていた。

その人は、もう一つ言った。

「先輩の四十分のほうが、お客さん満足してるんですよ」

来店のあとに書いてもらうアンケートがあるという。

見せてもらった。五段階で、先輩の方の平均が四・六、二年目の方が四・三だった。

あとで、八坂さんと二人で四年分を集計した。

満足度と、二年後の継続率に、相関はほとんどなかった。

つまり、あの紙は、売り方の良さを測っていない。

測っていないものを、現場は根拠として使っている。

このことを、私は二十四歳の方には伝えていない。

伝えると、その人が持っていた唯一の説明を奪うことになると思った。

思ったが、たぶんそれは私の都合だ。

手順と評価

八月に、八坂さんと二人で設計の方針を決めた。

やることは、三つになった。

一つ、意向の確認の書面を作り直す。選択肢に丸をつける形をやめて、お客様の言葉を書く欄を入れる。

二つ、比較して推奨するときの記録の様式を作る。比べた商品と、選ばなかった理由を書く。

三つ、研修を年間二十八時間にする。うち八時間を、手順の確認に使う。

ここまでは、監査の指摘に対する答えだ。

問題は、四つ目だった。

評価を変えないと、手順は守られない。

手順を守ると一件あたりの時間が伸びる。伸びると件数が落ちる。件数で評価されると、守る人が損をする。

だから、評価に「手順の遵守」を入れる必要がある。

八坂さんは、「そこは社長が嫌がりますよ」と言った。

嫌がる理由は、社長の方自身が、手順を飛ばして売ってきた人だからだ。

私は、「私が言います」と言った。

言ったのは、自分がそれを言うべきだと思ったからだ。

思った根拠は、特にない。

社長の方に、言った

九月の最初の週に、社長室で話した。

私は、評価の配分を変える案を出した。

いまは、新規の件数が七割、継続率が三割だ。

これを、新規五割、継続率三割、手順の遵守二割にする。

社長の方は、紙を見て、「二割は多いですね」と言った。

多い、の根拠は言わなかった。

私は、自分の昔の話をした。

企画にいたときに、手順について何も配らなかったこと。

その結果として、十年後に代理店で何が起きたか。

話しているうちに、自分の声が大きくなっていた。

昔の癖だ。会議で、声で押す癖がある。

社長の方は、聞き終わって、こう言った。

「じゃあ、戸井田さんの時代も、やってなかったんですね」

そうです、と答えた。

その人は、「なら、うちだけの話じゃないですよね」と言った。

逃げ道になった。

私の昔話が、そのまま相手の逃げ道になった。

このやり方は、間違いだった。

直した

九月の二週目に、やり方を変えた。

昔話をやめた。

代わりに、数字を出した。

十二店の、一件あたりの所要時間と、二年後の継続率の関係だ。

過去四年のデータから拾った。

所要時間が長い店ほど、二年後の継続率が高かった。

いちばん短い店が、八十一パーセント。いちばん長い店が、九十三パーセントだった。

継続率は、手数料収入に直接効く。

十二ポイントの差を金額にすると、年に一億四千万円くらいになる。

この表を見せたら、社長の方は十秒くらい黙った。

それから、「これ、いつのデータですか」と聞いた。

四年分です、と答えた。

その人は、「じゃあ、十五パーセントで」と言った。

二割ではなく、十五パーセント。

通ったのは、そこだった。

生活 ―― 六十二歳

報酬は、年に四百八十万円だ。

厚生年金は、六十五歳から受け取る予定にしている。

本部長だった最後の年の年収は、千六百二十万円だった。

賞与だけで、五百万円を超えていた年もある。

その頃のことを、私はあまり懐かしく思っていない。

思っていないのに、二十四歳の方の手取りが十九万円だと聞いたときに、昔の賞与の額が頭に出てきた。

出てきたことを、言わなかった。

階段は、下りのほうがきつい。

十二店のうち、三店はエスカレーターがなくて、階段を四階ぶん上がった。

上がったあとで、息が整うのに二分かかる。

二分、店の外で立っていた。ガラス越しに、店の中が見えた。

募集人の方が、お客様の正面ではなく、斜めに座っていた。

斜めに座るのは、私が本部長だった頃に、研修で教えていたことだ。

いまも誰かが教えている。

正面に座らないのは、圧迫感を減らすためだ。

理由は、当時も説明していた。

説明していたのに、研修の時間は増やさなかった。

座り方は教えて、時間は削った。

そういう二十年だった。

そういう、と書くと短いが、実際には二十年かかっている。

六ヶ月のあいだ、朝の五時に資料を読んでいた。

読めるのは、一時間半だ。そのあとは、字が二重に見える。

老眼鏡は、度の違うものを二つ持っている。

後記 ―― 翌年の七月

格付けは、Aに戻ったそうだ。

戻ったのは、今年の四月だ。

手数料の率は、まだ戻っていない。

格付けと率の反映に、一年の遅れがあるらしい。

八坂さんから聞いた。

募集人は、百八十人から百三十九人になっていた。

四十一人、減った。

辞めた理由を、八坂さんは「手順が増えたからだと社長は言っています」と書いていた。

社長が言っているだけだ。

四十一人のうち、成績が下から三割に入っていた人が、二十六人いたそうだ。

つまり、売れていなかった人が先に辞めた。

手順が増えると、売れない人がもっと売れなくなる。

そこまでは、私たちの資料に書いていない。

二十四歳の方は、残っていた。

成績は、十二店の真ん中あたりまで上がったらしい。

八坂さんが、その人に私のことを伝えたそうだ。

「戸井田さんが、時間をかけたほうが正しいって言ってましたよ」と。

その人は、「そうでしたっけ」と言ったらしい。

覚えていない。

覚えていないのが、正しいと思う。

私の契約は、来年の三月までだ。

更新されるかは、聞いていない。

聞いていないのは、聞く相手が三十八歳だからだ。

三十八歳の人に、六十二歳の自分の来期を聞くのは、まだ慣れない。

慣れないまま、三月が来る。

表彰状が十四枚かかっていた社長室のことを、ときどき思い出す。

半分が、代理店としての表彰だった。

体制の整備で格付けが戻ったことに対する表彰は、たぶん出ない。

出ないものを、私たちは六ヶ月かけて作った。

作ったものが壁にかからないのは、正しいのだろうと思う。

正しいのだろうと思いながら、あの壁のことを思い出している。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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