一億七千万円が二回数えられていることに気づいて、僕は三日で黙った
全体の削減効果九億三千万円のうち、一億七千万円は二回数えられていた。指摘して、直らなくて、僕は黙った――三雲が、最後まで会議室に入れなかった案件について書いた記録。
四月の頭、契約書に判子を押したのはクライアントではなかった。別のコンサルティングファームだった。
三雲です。三十四歳。前職はシステムの開発会社で、いまの会社に来て五年目になる。
今回の案件で、僕たちは元請けではない。二次請けだ。
アサイン ―― 下に入る
クライアントは通信の会社で、テーマは販売代理店の運営効率化だった。全国に八百四十七店舗ある代理店を、どう再編し、どう運営を変えるか。
規模の大きい話なので、元請けは大手のファームが取っていた。総勢で二十人以上入っている。
僕たちの会社が呼ばれたのは、店舗オペレーションの実務に強いという触れ込みだったからだ。実際、うちにはその経験を持つ人が何人かいる。僕もその一人ということになっていた。前職で、店舗系のシステムを入れる仕事を長くやっていた。
うちのチームは四人。僕がリーダーで、下に三人。
役割は、店舗別の採算の実態把握と、店頭のオペレーションの分析。全体の絵は、元請けが描く。
契約はクライアントとではなく、元請けとの業務委託だ。だから僕たちは、クライアントの担当者に直接メールを出さない。出すときは、元請けの誰かをCCに入れる。これは最初の日に説明された。
立ち上がり ―― 席と、ロゴ
定例会議は、月曜の十時からだった。
会議室に入ると、座る場所が決まっている。前の列がクライアントと元請け。後ろの壁際のパイプ椅子が、僕たちだ。
これは誰かが決めたわけではなくて、二回目からそうなった。二回目に僕が前の列に座ろうとして、椅子が足りなかった。それだけの話だ。それだけの話が、そのあと五ヶ月続いた。
資料のテンプレートは、元請けのものを使う。うちのファイルをそのまま出すと、フォントとロゴが違うので、提出前に全部差し替える。差し替えるのはうちの若手の仕事だった。
議事録は元請けが書く。僕たちの発言は「支援チームより」と書かれる。名前は載らない。
これらのことに、僕は最初、そんなに何も思っていなかった。前職でも、下請けはやっていた。システムの世界では、もっとはっきりした階層がある。
百五店舗
僕たちが五ヶ月でやった仕事の中身は、悪くなかったと思う。
八百四十七店舗のうち、百五店舗を実際に見た。四人で分けて、二ヶ月半かけた。僕は三十三店舗を回った。
見たのは、来店した人が入口から出るまでの時間だ。ストップウォッチで測った。二千四百件分。
測るのは、思っていたより難しかった。
最初の週、僕は入口に立ってストップウォッチを押していた。三日目に、店長から「お客さんが気にするのでやめてほしい」と言われた。当然だった。
そこからは、受付の番号札の発券時刻と、契約システムの登録完了時刻の差を取ることにした。データで取れる。取れるが、番号札を取らずに帰った人が落ちる。
離脱した人こそが見たいのに、その人はデータに残らない。
結局、目視とデータの併用にした。店内に立たず、外から見える店は外から数える。数えられない店は、店員に「今日、番号札を取らずに帰った人は何人くらいでしたか」と閉店後に聞く。精度は落ちる。落ちることを資料に書いた。
書いたら、元請けの若手から「この注記、消していいですか」と連絡が来た。全体の資料に載せると細かすぎる、という理由だった。
僕は「残してください」と返した。押し問答にはならず、注記は小さくなって残った。八ポイントが六ポイントになった。
分かったことがいくつかある。
一つ。店の売上の差は、立地よりも、待たせ方の差で説明できる部分が大きかった。同じ商業施設の中でも、受付の運用が違うだけで、客の離脱が三倍違う店があった。
二つ。手続きの時間そのものは、店によってほとんど変わらない。四十分から五十五分のあいだに収まる。差がつくのは、待っている時間のほうだった。
三つ。混む時間に人を厚くしている店が、思ったより少なかった。シフトは週単位で組まれていて、時間帯の粒度がなかった。
この三つは、元請けの全体の絵のなかで、けっこう効くパートになった。
十月の中間報告で、元請けのマネージャーの伊庭さんが、僕たちの分析を説明した。伊庭さんは僕より二つ下で、話がうまい人だった。
役員の一人が「これ、実際に測ったの」と聞いた。伊庭さんは「はい、百五店舗で二千四百件測っています」と答えた。
僕は後ろのパイプ椅子で聞いていた。
そのとき、正直に言うと、嬉しさが半分あった。数字が効いたからだ。もう半分は、うまく言葉にできないものだった。
十一月十八日 ―― 積み上げ表
最終報告の三週間前に、全体の削減効果の積み上げ表が回ってきた。
九億三千万円。五年間の累計。
僕は、これを店舗ごとに分解してみた。自分たちのパートが正しく入っているかを確かめるつもりだった。
分解して、手が止まった。
代理店の統廃合による削減が、施策として二つ立っていた。一つは「店舗の統廃合」で、家賃と什器の削減。もう一つは「要員の適正化」で、人件費の削減。
この二つの対象が、重なっていた。
統廃合で閉じる予定の店舗が三十一店ある。その三十一店の人件費が、「要員の適正化」のほうにも入っていた。閉じた店の人が、そのまま別の削減対象として数えられている。
概算で、一億七千万円。
九億三千万円のうち、一億七千万円が二回数えられている。
三日
僕は、その日の夜に伊庭さんにメッセージを送った。
積み上げの重複の可能性がある、と書いた。対象店舗のリストと、重なっている人数を添付した。表現は丁寧にしたつもりだ。
伊庭さんからは、翌朝に「確認します、ありがとうございます」と返事が来た。
三日後、電話が来た。
「三雲さん、あれなんですけど」と伊庭さんは言った。「統廃合と要員は、方針として一体で見ることになってて。分けると施策の粒が細かくなりすぎるので、このまま行きます」
僕は「分かりました」と言った。
言ってから、「ただ、対象の人数が」と続けようとして、やめた。
やめた理由を、正確に書く。
その二週間前に、うちの営業のパートナーから「来期も継続で入れそうだ」という話を聞いていた。この案件が終わったあと、実行支援のフェーズが一年ある。そこにうちの四人がそのまま入る。継続の話は、元請けの側の判断で決まる。
僕は、その計算を電話中にした。
一億七千万円は、僕のクライアントの金ではない。僕は元請けの下請けで、契約上の相手は伊庭さんの会社だ。伊庭さんが「一体で見る」と判断したのなら、それは元請けの判断で、僕が越権するべきではない。
そういう理屈を、その日のうちに三つくらい組み立てた。組み立てて、納得した。
納得できたのが、いま思うと、いちばん気味が悪い。
若手の二人
うちのチームには、二年目が二人いた。
一人は、この案件が二本目だった。彼女は、元請けの若手と同じ年で、同じ大学だった。飲み会で分かった。
その飲み会の帰り道に、彼女が「あっちの人、来年ロンドンに行くらしいです」と言った。社内の異動制度で、海外オフィスに一年行けるらしい。
うちの会社には、その制度がない。
彼女は「いいなあ」とも「羨ましい」とも言わなかった。「あるんですね、そういうの」とだけ言った。
僕は「あるんだね」と返した。
その半年後、彼女は転職した。行き先は、元請けの会社ではない。別の会社だ。理由を聞いたら「もう少し上流をやりたくて」と言われた。
上流という言葉を、僕はこの案件の五ヶ月で、たぶん四十回聞いた。
もう一人の若手は残っている。彼は測るのが好きな男で、二千四百件のストップウォッチのうち、半分以上は彼が押した。いまも店舗系の案件をやっている。
僕は、この二人にどういう顔をしていればよかったのかが、いまも分からない。「うちはこういう立場だ」と説明するのは簡単だ。簡単だが、それを二年目に説明する言葉は、たいてい諦めの練習になる。
十二月九日 ―― 隣の会議室
最終報告は、クライアントの本社で行われた。役員が七人出る回だった。
出席者リストに、僕たちの名前はなかった。
僕は当日、隣の会議室で待機していた。何かあったときに資料の元データを出すためだ。若手の二人も一緒だった。
三時間待った。
その三時間で、僕は何もしていない。パソコンを開いていたが、作業はしていない。若手の一人が途中で「これ、待つ意味あります?」と小声で言った。僕は「あるよ」と言った。実際にはなかった。
終わって、伊庭さんが顔を出した。
「通りました。ありがとうございました」
伊庭さんは本当に嬉しそうだった。この人に含むところはない。よく働くし、僕たちを軽く扱ったこともない。前の列に座っていただけだ。
僕は「お疲れさまでした」と言った。
エレベーターで一階まで降りて、外に出て、若手の二人とラーメンを食べた。二十時前だった。餃子を頼んだ。三人とも、案件の話はほとんどしなかった。
生活 ―― 単価
一月に、元請けの事務の方からメールが誤送信で回ってきた。添付が付いていた。
クライアントへの請求の内訳だった。
僕の名前があった。単価が書いてあった。うちの会社が元請けから受け取っている金額の、およそ一・七倍だった。
一・七倍という数字が、あの重複と同じ数字だったので、しばらく変な気分だった。関係のない偶然だ。関係のない偶然だと分かっていても、二回続けて同じ数字を見ると、頭が勝手に線を引く。
僕はそのメールを、誰にも転送しなかった。上司にも言わなかった。ただ、削除もしていない。
三十四歳。年収は八百四十万円。中途で入って五年目としては、この会社では普通だと思う。家は郊外の3LDKで、住宅ローンが月十一万円。子どもが二人いる。
前職のシステム開発会社にいたころ、僕は元請けのSIerに常駐していた。あのころは、階層があることに何も感じなかった。むしろ、自分の会社の名前で仕事をしていないことを、あまり意識していなかった。
意識するようになったのは、たぶん、いまの会社に来て「コンサルタント」と名乗るようになってからだ。
名乗りが変わると、見え方が変わる。仕事の中身はそれほど変わっていないのに、後ろの列に座っていることが急に気になる。
上の子が去年、「お父さんの会社って何を作ってるの」と聞いてきた。僕は「会社の困りごとを整理する仕事」と答えた。子どもは「ふーん」と言って、それ以上聞かなかった。
前職のときは、「携帯の中で動くやつを作ってる」と答えられた。あのころのほうが、説明は楽だった。
継続の話
一月の終わりに、継続の話が正式に来た。
実行支援のフェーズが一年。うちから四人。僕はリーダーで続投。
パートナーが「三雲さんのおかげだよ」と言った。
その言葉が、いちばんこたえた。
僕が黙ったから継続になった、という単純な話ではない。契約の判断はもっと上のところで決まっている。それは分かっている。
分かっているが、あの三日間に、僕は継続のことを考えていた。考えていたという事実だけは、誰にも消せない。
継続のフェーズでは、僕は初めて元請けと同じ列に座った。実行の局面では、現場を知っている側が前に出る。伊庭さんが「三雲さん、そこ説明してください」と振ってくれるようになった。
席が変わって、少し楽になった。楽になったことにも、あまり素直になれなかった。
後記 ―― 届かなかった数字
翌年の秋に、業界の知り合いから、あのクライアントの話を少し聞いた。
再編そのものは進んだらしい。ただ、初年度の効果が計画に届いていない、という話だった。届いていない額がいくらなのかは、聞かなかった。
聞かなくても、たぶん一つは分かっている。
僕がいま気になっているのは、責任の所在ではない。伊庭さんの判断が間違っていたのかどうかも、正直、いまも分からない。粒度を粗くまとめるのは、報告の作法として理屈が通っている。
気になっているのは、僕が三日で黙ったことのほうだ。
三日というのは、ちょうどいい長さだった。一日だと、まだ怒っている。一週間だと、忘れられない。三日は、自分を納得させるのに十分で、罪悪感が形になる前に終わる。
僕はあのとき、正しさと継続を天秤にかけて、継続を取った。取ったこと自体は、大人の判断として説明ができる。
説明ができるものを、僕はもう三回くらい積み上げている。積み上がったものに、まだ名前を付けられていない。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。