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体験記 No. 48

八千四百件を二十三個に分けた五日目に、僕は読むのをやめていた

案件警備会社・隊員の定着率改善と従業員意識調査の再設計
話の中心仮説構築
語り手宇野 拓 / 23歳・入社1年目
読了約8分 · 5,000字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
自由記述8400件を23分類退職者アンケートの回収率31%

自由記述八千四百件。読んで、分けて、数える。数えた瞬間に一人ひとりが消えることに、僕は五日目に気づいた――宇野が、初めての案件で作った箱について書いた記録。

七月一日、研修が明けて最初のアサインだった。

宇野です。二十三歳、入社一年目。人と組織のチームに配属された。

案件は、警備会社だった。

アサイン ―― 二十八パーセント

クライアントは、施設警備を中心にやっている会社だ。オフィスビル、商業施設、工場、病院。従業員が四千三百名で、そのうち現場に立つ隊員が三千八百名。

依頼は、定着だった。

年間の離職率が二十八パーセントある。三年前は二十二パーセントで、上がり続けている。募集をかけても集まらない。集まらないので、既存の隊員のシフトが厳しくなり、それでまた辞める。

キックオフでマネージャーの筒井さんが「入口と出口の両方をやりますが、まず出口です」と言った。

僕の仕事は、前年に実施済みの従業員意識調査の分析だった。

調査そのものは、僕が入る前に終わっていた。回答が三千九十七件。選択式の設問が四十二問と、自由記述が四つ。

自由記述の総数、八千四百十二件

これを全部読んで、分類してください、というのが最初の指示だった。

一日目

僕は、その仕事をもらったとき、正直に言えば少し嬉しかった。

生の声が八千四百件ある。これを読める立場にいるのは、この会社の中でもたぶん数人しかいない。

初日は、二百件くらいしか進まなかった。

一件ずつ、ちゃんと読んでいたからだ。

「明けの日に呼び出されるのが一番きつい。断ると次のシフトが減る」

「十二年やっているが、資格を取っても手当が千円しか変わらない」

「隊長は悪い人じゃない。ただ、こっちの名前を三年覚えなかった」

三つ目のを読んだとき、僕は少し手が止まった。名前を三年覚えなかった、というのが、なぜか具体的だった。

三日目

三日目から速くなった。

千二百件を一日で処理した。

やり方が変わったからだ。最初に十個くらいカテゴリを作って、そこに落としていく。落ちないものが出てきたら、新しい箱を作る。

三日目の終わりで、箱は十九個になっていた。

五日目

五日目に、僕は気づいた。

自分が、読んでいない。

記述のなかに「シフト」という単語があれば、シフトの箱に入れている。「給料」があれば給与。「隊長」があれば上司との関係。

単語で分けている。文章を読んでいない。

たとえば、こういうのがあった。

「シフトは仕方ないと思っている。仕方ないと言い続けるのがしんどい」

これを僕は、シフトの箱に入れた。

でも、この人が書いているのは、たぶんシフトの話ではない。「仕方ないと言い続けること」の話だ。それを入れる箱を、僕は作らなかった。作ると、分類が終わらないからだ。

八千四百件を五日で終わらせろとは、誰にも言われていない。ただ、翌週の月曜に定量分析との突き合わせが入っていて、そこまでに終わらせる前提でスケジュールが引いてあった。引いたのは僕だった。

最終的に、箱は二十三個になった。

二十三個の中身

参考までに、二十三個を書いておく。

シフト・勤務時間/給与・手当/上司との関係/同僚との関係/勤務地・配置/教育・研修/資格取得/キャリアの見通し/評価の納得感/会社への信頼/本社と現場の距離/制服・装備/休憩環境/通勤/体力・健康/お客様対応/契約先との関係/人員不足/緊急時の対応/会社の将来性/福利厚生/その他・要望/その他・感謝

最後の二つが問題だった。

「その他」に入った記述が、八千四百十二件のうち千三百七十件ある。十六パーセント。

千三百七十件のなかには、たとえばこういうものがあった。

「二十年やって、一度もお客さんに名前を呼ばれたことがない」

「立っているだけと言われるが、立っているだけを八時間やってみてほしい」

「息子が中学生になって、父の仕事を聞かれて、警備員と言えなかったらしい。それを妻から聞いた」

三つ目のは、二日目に読んだ。読んで、しばらく次に進めなかった。

この三つに共通するものに、僕は名前を付けられなかった。付けられないから、その他に入れた。

いま考えると、たぶん「見られ方」という箱が要った。仕事そのものではなく、その仕事が世の中からどう見えているか、という話だ。

その箱があれば、打ち手の議論も変わったかもしれない。制服の刷新とか、資格手当の見せ方とか、そういう話は実際に出ていた。出ていたが、根拠になる集計がなかったので、優先度が下がった。

定量の結果

分類が終わって、選択式の集計と突き合わせた。

総合満足度と相関がいちばん高かったのは、「直属の上司との関係」だった。相関係数〇・六一。二番目が「勤務シフトの納得感」で〇・五三。給与は〇・三八で、五番目だった。

筒井さんは「まあ、そうなるよね」と言った。実際、この手の調査ではよく出る形らしい。

会議で、先方の人事部長も「やはり隊長のマネジメントですね」と言った。

その日の夜、僕は少し引っかかっていた。

この調査に答えているのは、いま在籍している人たちだ。辞めた人は答えていない。

つまり、この相関は「残っている人が何に不満を持っているか」であって、「辞める人がなぜ辞めるか」ではない。

そう思って、翌日に筒井さんに言った。

筒井さんは「うん、その通り」と言った。それから「退職者の分、探してみて」と言われた。

退職者の三十一パーセント

退職時のアンケートは、別にあった。

ただし、回収率が三十一パーセントしかない。前年の退職者が八百六十七名で、回答が二百六十九件。

回答した二百六十九件を読んだ。今度は、全部ちゃんと読んだ。二日かけた。

在職者の自由記述と、明らかに毛色が違った。

いちばん多かったのは、僕の分類でいう「勤務地・配置」だった。四十一件。

警備の仕事は、契約先の現場に配属される。契約が終われば、別の現場に移る。移るときに、通勤時間が変わる。人間関係が一からになる。

「三年で四つの現場に移った。四つ目で、もう名前を覚える気がなくなった」

「駅から近い現場から、バス二十分の現場に変わった。手当は同じだった」

一日目に読んだ「隊長がこっちの名前を三年覚えなかった」という記述を、僕はそのとき思い出した。

覚えられないのは、隊長の性格の問題ではないのかもしれない。人が入れ替わる速さの問題かもしれない。

僕はこれを持っていった。

八月二十日 ―― 押しすぎた

筒井さんの反応は、慎重だった。

「面白い。ただ、二百六十九件は、辞めた人の三割だからね。答えてる人がどっちに偏ってるかが分からない」

僕は「でも四十一件は一番多いです」と言った。

「うん。一番多いのは分かる。分かるけど、それが全社の話かどうかは、まだ何も言えてない」

僕は、その場では「分かりました」と言った。

そのあと、中間報告のドラフトに、この論点を入れてもらうように粘った。二回粘った。二回目に、筒井さんが「じゃあ、一枚だけ」と言った。

一枚入った。

中間報告の三日前に、僕は支社別の異動データをもらった。裏を取るためだった。

そこで分かった。

前年の勤務地変更が全社平均より突出して多いのは、三つの支社だった。この三支社は、大型の契約が二件終了して、隊員をまとめて別現場に移した年だった。

全社で見ると、勤務地変更の頻度は前年からほとんど変わっていない。

つまり、僕が見つけた「一番多い理由」は、三支社の事情がそのまま出ていた可能性が高い。退職者アンケートの回答も、その三支社からの回答が多かった。

僕は中間報告の前日に、筒井さんに言った。

筒井さんは「うん」と言って、その一枚を差し替えた。差し替えたあとの表現は、「特定支社で発生した配置転換が、退職意向に影響した可能性がある」になった。

正しい表現だと思う。正しい表現になった瞬間に、その一枚は、誰の記憶にも残らない一枚になった。

朝五時の詰所

八月の終わりに、現場のヒアリングに行った。

夜勤明けの隊員に話を聞くには、朝の五時から六時のあいだに詰所に行くしかない。二十四時間勤務が明けて、引き継ぎが終わる時間だ。

僕は四時に起きて、始発で行った。

詰所は、地下二階の駐車場の隅にあった。四畳半くらいの部屋に、スチールの机とロッカーとポットがある。エアコンがあるが、夏はあまり効かない。

話を聞いたのは、五十八歳の隊員だった。この現場は三年目だという。

「辞める人はね、だいたい二ヶ月と、あと一年半で辞めます」と言われた。

二ヶ月は、仕事が合わない人。一年半は、「このままか」と気づく人。

「一年半のほうは、止められないですよ」

僕は「なんでですか」と聞いた。

「だって、その通りだから」

この人は、笑って言った。悪意も諦めもない言い方だった。僕はそれをメモに取った。取りながら、これはどの箱に入るんだろう、と考えていた。

九月十日 ―― 二ヶ月と一年半

詰所で聞いた「二ヶ月と一年半」の話を、僕は確かめてみることにした。

入退社のデータをもらって、勤続月数ごとの退職者数を並べた。八百六十七名分。

出た。

一つ目の山が、入社二ヶ月から三ヶ月。二百三十四名。辞めた人の二十七パーセントが、そこに固まっている。

二つ目の山が、十六ヶ月から二十ヶ月。百三十四名。

あの隊員が言ったとおりだった。

僕は、これをグラフにして筒井さんに見せた。筒井さんは「うん、これは使える」と言った。使えると言われたのは、その夏で初めてだった。

使えた理由は、たぶん二つある。母集団が全退職者八百六十七名で、アンケートの三十一パーセントではない。それと、対策の打ち方が山ごとに変えられる。

二ヶ月の山は、入口の話だ。募集要項と実際の仕事のギャップ、初任の現場での受け入れ、最初の研修。ここは手が打てる。

一年半の山のほうは、難しかった。この時期に辞める人は、仕事はできる。資格も取り始めている。辞める理由は「このままか」だ。

最終報告に載ったのは、二ヶ月の山への打ち手が七つ、一年半の山への打ち手が二つだった。

打ちやすいほうに、七つ乗った。

生活 ―― 一年目

年収は五百二十万円。一年目で、ボーナスの計算がまだよく分かっていない。

実家から通っている。都内の私鉄沿線で、家からオフィスまで五十五分。同期の半分は一人暮らしを始めた。僕はまだ決めていない。決めていない理由は、家賃を払うほど家に帰っていないからだ。

八月の稼働は百九十時間くらい。同期のなかでは軽いほうだと聞いた。それでも、朝五時の詰所に行った週は、三日連続で電車で寝過ごした。

後記 ―― 二十三個

最終報告は九月末だった。

打ち手として出たのは、配置転換のときの通勤時間の上限設定と、隊長向けの面談の型と、それから、意識調査の設計そのものの見直しだった。

見直しの中に、自由記述の分類カテゴリの標準化が入っている。

その標準というのが、僕が五日で作った二十三個だ。

翌年の調査から、この二十三個で集計される。前年比が取れるように、変えないことが推奨事項として書かれている。

書いたのは僕だ。前年比が取れることは、実際に価値がある。それは本当だと思っている。

ただ、あの五日目に、僕は読むのをやめていた。

「仕方ないと言い続けるのがしんどい」という一文は、シフトの箱に入っている。来年も、再来年も、同じ種類の文はそこに入る。入り続けるかぎり、その人が言いたかったことは、集計表のどこにも出てこない。

数えないと、何も動かない。それはこの三ヶ月で分かった。人事部長が動いたのは、僕が「二ヶ月から三ヶ月で二百三十四名」と言ったからだ。「名前を三年覚えなかった」では動かない。

数えると、消える。

二つとも本当なので、僕はまだ、どっちを先に置けばいいのか分かっていない。

八千四百十二件のファイルは、まだ自分のパソコンに入っている。返却期限が来たら消す。消す前に、もう一度だけ、頭から読んでみようと思っている。たぶん読まない。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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