「ここの社員みたいですね」と言われて、僕は少し嬉しかった
三ヶ月の予定が、六ヶ月になり、また六ヶ月になり、四度目の話が来ている。同じ場所で二度目の玉ねぎの季節を迎えたとき、僕は驚かなくなっていた――猪瀬が、長すぎる常駐について書いた記録。
四月十四日、三度目の延長のキックオフだった。
猪瀬です。二十六歳、入社三年目。この会社に常駐して、一年半になる。
この案件の来歴
最初にここに来たのは、一昨年の十月だった。
クライアントは、地方都市にある青果の卸売会社だ。市場のなかに事務所があって、産地から野菜と果物を仕入れて、スーパーや外食に売る。売上は約三百八十億円。社員が二百十名。
最初の依頼は、物流の効率化だった。期間は三ヶ月。
三ヶ月が終わる直前に、社長が「もう少しやってほしい」と言った。次のテーマは、産地との取引条件の見直し。六ヶ月。
それが終わる前に、また延長になった。今度は、スーパー向けの提案営業の型をつくる。こちらは九ヶ月あった。
そして今回、四月からの三度目。テーマは、小売との共同販促だ。
三ヶ月の予定で来て、一年半いる。
立ち上がり ―― 説明する側
三度目の延長から、メンバーが二人増えた。
二年目の柴田さんと、一年目の安西さん。マネージャーは変わらず戸島さんで、この人は東京にいて、週に一日だけ来る。
つまり、現地には僕と、新しい二人。
キックオフの日、僕は二人を連れて事務所を一周した。
「ここが営業一部で、量販店向けです。二部が外食と業務用。三部が小規模の八百屋さんとか、地場のスーパー」
「奥が仕入部。産地担当がここに七人います」
「あの人が仕入部の岡さん。青果のことは全部この人に聞けば分かります。ただ、午前中はいません。市場に出てるので」
説明しながら、僕はスラスラ喋っていた。
柴田さんが、途中で言った。
「猪瀬さん、ここの社員みたいですね」
僕は「そうかな」と笑った。
笑いながら、少し嬉しかった。
嬉しかったことを、その日の夜に思い出して、少し引っかかった。引っかかったが、その日は寝た。
一年半で覚えたこと
この一年半で、僕は色々なことを覚えた。
品目の旬を覚えた。ほうれん草は冬のほうが甘い。玉ねぎは春に新玉が出て、夏から秋は貯蔵ものになる。トマトは、夏より冬のほうが値段が高い。
セリを見た回数は、たぶん五十回を超える。市場のセリは朝の四時前後に始まる。四時に立っているには、二時半に起きないといけない。最初の三ヶ月は毎週行った。いまは月に一回くらい。
冬の市場は寒い。建物のなかだが、シャッターが開けっぱなしなので、外と同じだ。長靴を買った。二千八百円のを買って、半年で駄目になって、次に八千円のを買った。八千円のは、まだ履いている。
覚えたのは、それだけではない。
仕入部の岡さんと、営業一部の部長が、あまり仲が良くないことを知っている。理由は八年前の人事だ、というのも聞いた。
社長の息子が来年、この会社に入ることになっているのも知っている。まだ社内では公表されていない。
新しい基幹システムの話が三年前に潰れた経緯も知っている。潰れた理由は予算ではなくて、当時の役員が反対したからだ。その役員は、いまもいる。
こういうことを、僕は「知っている」。
三週間
三度目のテーマは、小売との共同販促だった。
スーパーと組んで、産地と品目を絞って、売り場を一緒につくる。青果の売り場は日々の相場で動くので、企画ものは面倒がられる。それを、どうやって回る形にするか。
キックオフの前に、僕は知っていたことが一つあった。
営業一部の部長が、このテーマに乗り気ではない。
三月に、廊下で立ち話をしたときに、「また企画ですか」と言われた。過去に二回、似た取り組みをやって、どちらも一年で消えている。部長はそのどちらも現場でやった人だった。
僕は、キックオフでそれを言わなかった。
言わなかった理由は、はっきりしている。立ち上がりが重くなるからだ。
新しいメンバーが二人来て、これから半年やる。最初の日に「実は現場は乗り気じゃないです」と言うと、二人の走り出しが鈍る。それより、まず動いてもらったほうがいい。
そう判断した。判断したというより、そう考えたことにした。
三週間後、それが出てきた。
四月の終わりに、営業一部で企画の説明会をやった。柴田さんが説明した。よく準備していた。
部長が、途中で手を挙げて言った。
「これ、前も二回やってるんですよ。どっちも消えました。今回は何が違うんですか」
柴田さんは答えられなかった。答えられるわけがない。前の二回のことを知らないからだ。
僕は知っていた。
その場で僕がフォローして、「前回は仕組みが属人化して、担当者が変わった時点で止まりました。今回はそこを設計に入れます」と言った。
言えた。言えたが、これは三週間前に柴田さんに渡しておけばよかった情報だった。
説明会のあと、柴田さんは何も言わなかった。何も言わなかったことが、いちばん効いた。
一年半ぶんの引き出し
三度目のテーマを設計するときに、僕は過去二回の成果物を全部読み返した。
一回目の物流の効率化では、市場から店舗への配送を、方面別から店舗規模別に組み替える案を出した。これは実行された。トラックの台数が七台減った。
二回目の産地との取引条件では、あまりうまくいかなかった。
産地との取引は、契約書で細かく決まっているものが少ない。長い付き合いのなかで、「今年は多めに取る」「不作の年は値段を上げる」という調整が口頭でされている。
僕たちは、この口頭の部分を可視化して、基準を作ろうとした。三十六の主要産地について、過去五年の取引実績を並べて、変動の幅を見た。
作った基準表は、いまも使われていない。
理由を、仕入部の岡さんが半年後に教えてくれた。
「あれね、悪くないんですよ。ただ、産地と話すときに、表を出したら終わりなんです」
表を出すと、相手はそれを条件として読む。読んだ瞬間に、これまでの調整の余地がなくなる。余地があることが、この商売の強みだった。
これを聞いたとき、僕はけっこうこたえた。半年かけたものが、正しくて、使えない。
三度目のテーマを考えるときに、僕はこの経験を使った。共同販促の仕組みを、表ではなく、手順として設計することにした。誰が、いつ、誰に声をかけるか。数字は、あとから付いてくる形にする。
この判断は、たぶん正しかった。正しかったのは、二回目で失敗したからだ。
一年半いないと、この判断はできない。それは本当だと思う。
「意味あるんですか」
五月の連休明けに、柴田さんが聞いてきた。
夜、事務所で二人だけになったときだった。
「猪瀬さん。これって、やる意味あるんですか」
僕は「あるよ」と答えた。
理由も言った。青果の商売は相場に振られるので、計画的に売れる部分をつくることに意味がある。共同販促はそのための入口になる。前の二回が消えたのは、やり方の問題であって、方向が間違っていたわけではない。
説明としては、たぶん正しい。
柴田さんは「なるほど」と言って、それで終わった。
そのあと、僕は一人で残って、少し考えた。
僕が最後に「意味あるんですか」と聞いたのは、いつだったか。
思い出せたのは、一年二ヶ月前だった。二度目の延長のキックオフのときに、戸島さんに聞いている。「これ、うちがやることですか」と。
そのあと、聞いていない。
聞かなくなったのが、分かってきたからなのか、聞いても仕方がないと学習したからなのか、区別がつかない。
二度目の玉ねぎ
去年の四月に、僕は新玉ねぎを初めて見た。市場に山積みになっていて、岡さんが「今年は玉が小さい」と言った。
今年の四月、同じ場所に、同じように積んであった。岡さんは「今年はいい」と言った。
そのとき、僕は何も思わなかった。
去年は、思った。地方の市場に自分が立っていること自体が、少し不思議だった。東京の大学を出て、コンサルティングファームに入って、朝四時に長靴を履いている。それが面白かった。
今年は、面白くなかった。玉ねぎの出来のことを聞いて、「今年はいいんですね」と返した。それだけだった。
驚かなくなっていた。
驚かなくなることは、たぶん普通のことだ。二年目の社員だって同じだと思う。
ただ、僕はここの社員ではない。
六月 ―― 呼ばれ方が変わった
六月に、こんなことがあった。
仕入部の若手が、産地とのトラブルで困っていた。入荷した荷の品質が話と違って、どう処理するかで揉めていた。
その人が、僕のところに相談に来た。
戸島さんにでもなく、上司にでもなく、僕に。
「猪瀬さん、これ、去年の似たやつ、どうしましたっけ」
僕は覚えていた。去年の九月に、同じ産地で同じことがあった。そのときの処理を説明した。
説明しながら、これはコンサルタントの仕事ではないな、と思っていた。
思いながら、答えていた。答えられることが、嬉しかった。
そのあと、その若手が「ありがとうございます」と言って戻っていった。
戸島さんが週次で来たときに、この話をした。戸島さんは笑って、「それ、いいことでもあるし、危ないことでもある」と言った。
「いいのは、信頼されてるってこと。危ないのは、それが猪瀬の時間を食っても、うちの成果物にはならないってこと」
正しい。そのとおりだ。
ただ、僕はその「成果物にならない時間」のほうが、この一年半でいちばん多かった気がしている。産地担当と一緒に電話の内容を整理したり、営業の人が持ってきた売価の相談に乗ったり、システムの入力を教えたり。
そういう時間を全部足すと、たぶん三割はある。三割ぶんのチャージは、当然この案件に入っている。
これを無駄と呼ぶのか、それとも常駐というのはそういうものなのか、僕にはまだ判定ができない。
生活 ―― 二つの家
去年の四月から、僕は常駐先の駅前のマンスリーマンションに住んでいる。会社が借りている部屋で、家賃は経費で落ちる。
東京の自宅は、そのままにしてある。家賃九万四千円。ほとんど空のまま払い続けていて、この部屋に移ってからの十二ヶ月だけでも百十三万円になる。
解約しなかったのは、いつ戻るか分からなかったからだ。三ヶ月の予定だった。三ヶ月で戻るなら、解約するほうが損だと思った。
いま解約しないのは、解約すると、戻る場所がなくなるからだ。理屈が変わっている。
土曜に東京に帰るのを、去年の秋にやめた。往復で六時間かかる。帰っても、日曜の午後には戻る支度を始める。それが割に合わないと思った。
友人からの誘いは、減った。三回断ると、四回目は来ない。これは誰かが悪いわけではない。
年収は六百八十万円。三年目としては、たぶん平均だ。出張手当のようなものが少し乗るので、同期より若干多い。
使う場所がない。この街には、深夜まで開いている店が少ない。二十二時に事務所を出て、コンビニで買って、部屋で食べる。それが週に四日ある。
体重は、去年から四キロ増えた。
後記 ―― 四度目の話
七月に、戸島さんから「秋からも継続の話が来てる」と聞いた。
四度目の延長になる。テーマは、今度は人事制度らしい。
聞いた瞬間、僕は嬉しかった。
嬉しかったのは、認められたからだ。三度も延長するというのは、この会社が僕たちを必要としているということだ。それは間違いなく、いいことだ。
嬉しかった二秒あとに、怖くなった。
同期は、この三年で三件から四件の案件を経験している。業界も、テーマも、違うものをやっている。僕は一件だ。一件を、四つのテーマでやっている。
僕が持っているのは、青果の卸売業一社についての、たぶん社内でいちばん詳しい知識だ。
これが、外でどれくらい使えるのかが分からない。
戸島さんに一度、遠回しに聞いてみた。戸島さんは「猪瀬は強いよ。深さは誰でも作れるもんじゃない」と言った。
そう言われて、僕は「はい」と答えた。答えて、聞きたかったことは聞けていないな、と思った。
僕が聞きたかったのは、この深さが僕のものなのか、それともこの会社と僕のあいだにあるものなのか、ということだ。
後者だとしたら、ここを離れた瞬間に、たぶん残らない。
四度目を受けるかどうかは、まだ決めていない。
決めていないと書いたが、正直に書くと、断り方が思いつかない。断る理由を、自分の中でうまく言葉にできない。
来週、また市場に行く。今度は桃の時期だ。去年、岡さんに「桃は触るな」と怒られた。柔らかいので、指の跡がつく。
柴田さんを連れていこうと思っている。同じことを、たぶん僕が言う。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。