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体験記 No. 95

「満室にはしないでください」と、支配人は言った

案件ビジネスホテル12館・客室単価と販売チャネルの見直し
話の中心中間報告
語り手日下 ひかり / 27歳・入社6年目
読了約8分 · 5,400字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
七千八百円と九千四百円年間三百泊の枠

二年分の日別の稼働率と単価を全部見た。見たうえで出した案が、十二館のうち三館で間違っていた――日下が、計算で勝って案件を落とした記録。

火曜の夜の稼働率は、九十一パーセントだった。

一泊の平均単価は、七千八百円。

空いているのは、二百四十室のうち二十一室。

二十一室を埋めて、同時に単価を九千四百円まで上げられると、私は思っていた。

計算では、できた。

日下です。二十七歳。入社して六年目になる。

アサイン ―― 六月

クライアントは、ビジネスホテルを十二館持っている会社だった。

場所は、地方の中核都市が九つと、県庁所在地の郊外が三つ。

一館あたりの客室が百二十から二百四十。全部で千九百室くらいある。

依頼は、客室の単価と、販売のチャネルを見直すことだった。

この会社は、稼働率は悪くない。年間の平均で八十四パーセント出ている。

悪いのは単価だった。五年前と比べて、四百円しか上がっていない。

その五年で、清掃の委託費が一室あたり三百二十円上がり、朝食の原価が六十円上がっている。

つまり、利益が減っている。

フィーは二千八百万円。期間は五ヶ月で、三人。マネージャーの石動さんと、二年目の瓜生さんと、私。

石動さんは、キックオフの前に一度だけ、こう言った。

「日下さん、この案件は分析で勝てます。勝ったあとが問題です」

意味は分からなかった。分からないまま、二ヶ月、分析をやった。

立ち上がり ―― 六月の下旬

最初にもらったデータは、予約と宿泊の管理システムから出した二年分の明細だった。

一行が一泊で、七十二万行あった。

入っている項目は、館、日付、部屋のタイプ、販売したチャネル、単価、予約した日、宿泊した人の区分。

このデータは、思ったより綺麗だった。

綺麗だった理由は、二年前にシステムを入れ替えていたからだ。入れ替える前の三年分は、形式が違うので使えなかった。

使えない三年分の存在を、私は最初に気にしなかった。

あとで、そこが論点になる。

二週間で、館ごとに日別の稼働率と単価を並べた。

見えたことは、三つあった。

一つ。曜日の差が大きい。火曜と水曜と木曜の稼働が九十パーセントを超えていて、金曜と土曜が六十パーセント台まで落ちる。出張の客が主だからだ。

二つ。その稼働の高い三日に、単価がほとんど上がっていない。七千八百円のまま満室近くまで売っている。

三つ。販売のチャネルで、OTA(宿泊予約のサイト)の比率が五十八パーセントあった。手数料が十二パーセント。自社のサイトからの予約は九パーセントしかない。

この三つを並べれば、やることは明らかに見える。

稼働の高い曜日の単価を上げる。自社のサイトの比率を上げる。金土は値段を下げて埋める。

私はそう書いた。書いて、石動さんに見せた。

石動さんは「正しいと思います」と言った。

言ったあとに、「館に行きましょう」と言った。

館に行く ―― 七月

七月に、十二館のうち八館を回った。

一日に二館。朝に一館、午後にもう一館。

支配人に、一時間から二時間、話を聞く。

八人のうち、七人は同じことを言った。「単価を上げたら、お客様が離れます」

これは予想していた。値上げに現場が反対するのは、どの業界でも同じだ。

私は、館ごとの稼働と単価の表を持っていって、「上げても稼働はこれだけしか落ちません」と説明した。

七人は、黙った。黙ったが、納得はしていない顔だった。

八人目が、違うことを言った。

県の東側にある館の支配人で、十三年目の方だった。

その人は、私の表を見て、最初にこう言った。

「満室にはしないでください」

私は、意味を聞き返した。

その人は、館の近くの建設会社の名前を出した。

そこの現場監督が、毎週水曜の夜に泊まる。予約は当日の十六時くらいに電話で入る。毎週入るとは決まっていない。現場の進み方で変わる。

その会社は、年間で三百泊くらい使っている。

単価は七千六百円。OTAより安い。

「満室にすると、あの人が入れないんです」

入れなかったことが、三年前に一度あった。そのときは隣町のホテルに行った。

行ったあと、その会社は半年ぶん、全部隣町のホテルに流れた。

戻ってきたのは、支配人が相手の総務部に四回通ってからだった。

この話を聞いているあいだ、私はその人のことを少し嫌いだった。

嫌いだった理由は、言い方が、数字を見ない人の言い方だったからだ。

言っていることは、たぶん正しかった。

正しいことを、正しくない形で言う人がいる。

それがいちばん面倒だと、そのとき思った。

予約センター ―― 七月の下旬

単価の話と並行して、チャネルの話も進めていた。

OTAの比率が五十八パーセントで、手数料が十二パーセント。自社のサイトが九パーセント。

自社のサイトの比率を十八パーセントまで上げると、年間で四千百万円の手数料が減る。

これは、計算としては一番きれいだった。

きれいだったので、私はこれを最初に出した。

出した相手は、予約センターの長をやっている方だった。五十一歳で、この会社に二十六年いる。

その人は、資料を見ないで、こう言った。

「電話を取る人が、いま七人です」

自社のサイトから予約が増えると、電話とメールの問い合わせも増える。変更とキャンセルの対応も増える。

いまの七人は、繁忙の月に一人あたり月に四十時間くらい残業している。

「増やすなら、先に人です」と言われた。

私は、その場で「増やす人の数も計算に入れます」と答えた。

答えてから、それは答えになっていないと気づいた。

人を増やすのは予算の話で、この案件の決裁の外にある。

結局、チャネルの案は「段階的に」という言葉をつけて資料に残った。

段階的に、というのは、やらないという意味に近いことがある。

八館を回るうちに、支配人以外の人とも話すようになった。

県の西側の館で、二十二時にフロントに立っていた方は、二十四歳だった。

その人に、金曜と土曜に何が起きるかを聞いた。

「金曜は、十八時までに半分埋まらなかったら、もう埋まりません」と言われた。

埋まらない理由は、金曜に出張する人がいないからだ。帰る人しかいない。

観光の客は、この街には来ない。来るのは、年に二回ある祭りの週だけらしい。

その二回は、三ヶ月前に満室になる。単価は普段の二倍で売れている。

二倍で売れる日が年に十四日あって、残りの三百五十一日は七千八百円だった。

清掃の委託会社の人とも、一度だけ話した。

その人は、一室を十八分で仕上げると言った。

十八分の根拠を聞いたら、「そう決まってるから」と言われた。

誰が決めたのかは、分からないそうだ。

計算で勝つ

私は、その話を聞いて、計算で返そうと思った。

機会損失として置けばいい、と思った。

やったのは、こうだ。

当日の十六時以降に電話で入る予約を、二年分のデータから抽出した。七十二万行のうち、一万四千行くらいあった。

そのうち、同じ法人の名前が年間百泊以上ついているものを探した。

館ごとに数えると、そういう相手がいる館が三館あった。

残りの九館には、いなかった。

九館では、当日の電話の予約はばらばらの個人で、一人が年間に使うのは二泊から四泊だった。

だから、三館は満室を避ける。九館は上限まで売る。

この整理を作ったとき、私は正直、嬉しかった。

支配人の話を否定せずに、数字の中に入れた形になっている。

石動さんにも見せた。石動さんは「よくできてます」と言った。

言ったあとで、「反対している人を、何人数えました?」と聞いた。

数えていなかった。

中間報告 ―― 八月二十一日

中間報告は、本社の会議室で、十四時から二時間だった。

出席は、社長と、専務と、営業部の部長と、運営部の部長。それに支配人が四人、オンラインで入っていた。

資料は三十四ページ。私が二十六ページ書いた。

説明は石動さんと分担して、分析のところを私がやった。

曜日別の単価の案。チャネルの比率の目標。三館と九館の整理。

数字の部分で、質問は出なかった。

出なかったので、私は通ったと思った。

最後に、社長が言った。

六十八歳の方で、この会社を二代目で継いでいる。

「数字はよく分かりました。ただ、現場がそう言うなら、全館いっぺんには難しいね」

それだけだった。

反対の理由は言われなかった。

そのあと、運営部の部長が「秋は需要が強いので、変えるのは時期が」と言った。

専務が「来年度の予算に入れるなら、いまからでは」と言った。

二人とも、否定ではない言い方だった。

二時間の会議の最後の十分で、十二館の案が、四館の試行になった。

四館のどれを選ぶかは、運営部が決めると言われた。

そのあと

会議のあと、エレベーターで石動さんと二人になった。

石動さんは「日下さん、分析は勝ちましたよ」と言った。

私は「負けました」と言った。

石動さんは「両方です」と言って、それ以上何も言わなかった。

瓜生さんは、二年目で、この案件が三件目だった。

中間報告の資料のうち、館ごとの一枚もののページを八枚、瓜生さんが作った。

会議のあと、瓜生さんが「あれ、通らなかったってことですか」と聞いてきた。

私は「半分通った」と答えた。

瓜生さんは「半分ってどっちですか」と聞いた。

答えられなかった。

その日は、担当していた館の一つに泊まった。

夕方に入って、十九時に大浴場に行って、二十一時にパソコンを開いた。

資料を直していたら、二十四時になった。

ベッドが固い。枕が二つあって、どちらも私には高い。

隣の部屋のドライヤーの音が、二十三時台に二回鳴った。

朝食は六時半から始まる。

六時四十分に行って、納豆を取った。

納豆を取る人を数えていた。四十二人のうち、十一人だった。

十一人のうち九人が、男性で、一人で食べていた。

数えながら、昨日の会議で自分が何を間違えたのかを考えていた。

考えても、分析が間違っていたとは思えなかった。

最終報告 ―― 十月三十日

選ばれた四館は、九館のグループから三つ、三館のグループから一つだった。

三館のグループから一つ入ったのは、その館の支配人が「やってみたい」と言ったからだ。

さっきの十三年目の方ではない。別の館だった。

九月の一ヶ月で、曜日別の単価を動かした。火水木を九千百円に上げて、金土を六千四百円に下げた。

結果は、ばらばらだった。

二館で、一室あたりの売上が上がった。上がった幅は、六・二パーセントと四・八パーセント。

一館で、稼働が十一ポイント落ちた。落ちた理由は、法人の契約単価を先に見直していなかったからだ。これは私のミスだった。

もう一館は、何も変わらなかった。変わらなかった理由は、分からない。

最終報告では、この四つを並べて出した。

社長は「やってみて良かった」と言った。

残りの八館をどうするかは、決まらなかった。

生活 ―― 二十七歳

年収は七百三十万円だ。

家賃は十万八千円。一人で住んでいる。

この案件の残業は、七月が九十時間で、八月が百時間くらいだった。九月は六十時間。

出張が多かった。五ヶ月で、泊まりが三十四泊。

泊まりの手当が、一泊につき二千円出る。三十四泊で六万八千円。

これはそのまま貯金に回っている。

身体の話をすると、眠れないことだった。

ホテルのベッドで、二時間くらい目が開いている。

家では眠れる。ホテルでだけ眠れない。

四月に別の案件でも出張があって、そのときは眠れていた。

違いは、たぶん、泊まっている館の単価を自分が決めようとしていたことだ。

枕の高さや、ドライヤーの音や、朝食の納豆のことを、全部数字として見てしまう。

見てしまうと、眠れない。

九月の下旬に、睡眠導入剤を一度だけ飲んだ。市販のもので、九百八十円だった。

効いた。効いたが、翌日の午前中、頭が重かった。

それ以来飲んでいない。

後記 ―― 翌年の四月

半年後に、あの十三年目の支配人からメールが来た。

アドレスは、中間報告のあとに名刺を交換したときのものだ。

その館は、試行の四館に入っていない。

メールには、自分で単価の表を作り直したと書いてあった。

曜日別に動かす形を、水曜だけ据え置きにしてやっているらしい。

水曜を据え置きにしたのは、建設会社の現場監督のためだ。

「あの人、まだ水曜に来ます」と書いてあった。

その館の一室あたりの売上は、前の年より三パーセント上がっているらしい。

私が出した案より、幅は小さい。

小さいが、その人は自分でやっている。

メールの最後に、「日下さんの表、分かりやすかったです」と書いてあった。

表は分かりやすかったらしい。

分かりやすい表を作ったのに、十二館は動かなかった。

いまは別の案件にいる。食品の製造で、工場の人の配置を見る仕事だ。

出張はあるが、泊まるのはビジネスホテルで、自分が単価を決める相手ではない。

そこでは、眠れている。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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