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体験記 No. 97

八・二パーセントと言った三日後に、七・四パーセントに直した

案件上場中堅の締結部品メーカー・資本コスト経営と政策保有株の縮減
話の中心最終報告
語り手佐保 / 37歳・中途1年目(前職・資産運用会社のアナリスト)
読了約9分 · 5,600字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
八・二から七・四へ取引のない十四銘柄

三十八銘柄の政策保有株のうち、十四銘柄は取引がなかった――佐保が、昔いた側の論理で開示資料を書いた四ヶ月の記録。

その会社のPBRは、〇・六二だった。

純資産が五百億円あって、時価総額が三百十億円。

株主から預かっているお金より、市場がつけている値段のほうが安い。

ROEは五・一パーセント。

私が推計した資本コストは、最初に八・二パーセントと言って、三日後に七・四パーセントに直した。

佐保です。三十七歳。この業界に中途で入って、一年目になる。

アサイン ―― 四月

クライアントは、締結部品を作っている会社だった。

ねじ、ボルト、特殊な形状の留め具。自動車と建設機械と住宅設備に出している。

売上は六百二十億円。従業員は千四百人。創業は八十一年前で、いまの社長は三代目の方だ。

上場している。市場の区分は、プライムではない。

依頼は、資本コストを意識した経営の枠組みを作ることだった。

きっかけは、取引所からの要請だった。資本収益性や市場評価について、現状の分析と改善の方針を開示するようにという話が、数年前から出ている。

この会社は、それをまだ出していなかった。

出していない理由を、IRを担当している方が教えてくれた。

その方は、経営企画部の中に一人でいた。四十四歳。IRの専任になって二年目。

「何を書けばいいのか、分からないんです」と言われた。

フィーは三千一百万円。期間は四ヶ月。

チームは、パートナーの茅野さんと、マネージャーの八坂さんと、私。三人だ。

私は前の職場で、資産運用会社のアナリストを九年やっていた。

国内の中小型株を見ていた。この会社と同じくらいの規模の会社を、常時七十社くらい追っていた。

その九年で、私は何度も、こういう会社に手紙を書いた。

政策保有株を売ってください。現金が多すぎます。資本コストを上回るリターンを出してください。

いまは、手紙を受け取る側の会社の、資料を作る側にいる。

立ち上がり ―― 四月の下旬

最初の二週間で、財務の数字を並べた。

純資産が五百二億円。そのうち、現金と預金が百二十一億円ある。

有利子負債は三十八億円しかない。実質的に無借金だ。

それから、投資有価証券が、時価で八十八億円あった。

八十八億円は、純資産の十七・五パーセントにあたる。

銘柄の数は、三十八だった。

上場しているものが二十九、していないものが九つ。

この三十八の一覧を、私は初日に見た。

見た瞬間に、半分くらいの会社名は分かった。前の職場で見ていた会社が、六社入っていた。

一社は、私が売却を求める手紙を書いた相手だった。

その会社の株を、このクライアントが二億四千万円ぶん持っている。

資本コストを置く ―― 五月の第一週

最初の大きい作業は、資本コストの推計だった。

やり方は決まっている。株主資本のコストをCAPMで置いて、負債のコストと加重平均する。

必要なのは三つだ。リスクフリーレート、ベータ、マーケットリスクプレミアム。

リスクフリーレートは、十年の国債の利回りを使った。

マーケットリスクプレミアムは、過去のデータから五・五パーセントから六・五パーセントの幅で置くのが普通だ。私は六・〇パーセントを使った。

ベータが、問題だった。

この会社の株は、出来高が少ない。日によっては、一日の売買が五百株しかない。

出来高が少ない株のベータは、推計の期間と頻度で大きく動く。

私は最初に、過去三年の週次のデータで推計した。ベータが一・一二になった。

それで計算すると、株主資本のコストが八・六パーセント、加重平均した資本コストが八・二パーセントになった。

この八・二パーセントを、五月の七日の定例会議で、私は口に出した。

社長もその会議に出ていた。

社長は、私の資料を三十秒くらい見てから、こう言った。

「じゃあ、うちは五・一しか出せてないから、足りてないってことですね」

その通りだった。その通りなので、私は「はい」と答えた。

社長の顔が、少し変わった。

変わったのを見て、私は「伝わった」と思った。

三日後

三日後に、八坂さんが私の数字を見直して、一つ指摘した。

過去三年の中に、この会社の株が特殊な動きをした期間が入っている。二年前に、自動車の部品の規格の話で、同業の数社と一緒に株価が大きく動いた月があった。

その月を含めるかどうかで、ベータが動く。

期間を五年に延ばして、月次で推計し直した。ベータが〇・九四になった。

資本コストは、七・四パーセントになった。

〇・八パーセントの差だ。

どちらが正しいかは、本当は決まらない。推計だからだ。

ただ、私が三日前に言ったのは八・二で、いま言うのは七・四になる。

五月の十日の会議で、私はそれを説明した。

社長は、黙って聞いてから、こう言った。

「それ、どっちでもいいってことですか」

どっちでもいいわけではない。七・四でも、ROE五・一は足りていない。

そう説明した。説明は通ったと思う。

通ったが、その会議以降、社長は私の数字を、一度は八坂さんに確認するようになった。

これは、私の失敗だった。

失敗の形は、計算を間違えたことではない。

幅を先に見せないまま、一点を言ったことだ。

前の職場で、私は会社の出してくる一点の数字を疑う仕事をしていた。

疑われる側になったときに、同じことをやった。

三十八銘柄を一つずつ ―― 五月から六月

次にやったのが、政策保有株の検証だった。

三十八銘柄について、保有の目的と、その相手との取引の金額を並べた。

必要なデータは、経理と営業の両方にある。

経理から持っている株の情報。営業から、その相手との年間の取引の金額。

これを突き合わせる作業に、三週間かかった。

突き合わせると、はっきりした。

三十八銘柄のうち、十四銘柄は、取引がなかった。

正確には、直近三年の取引額がゼロか、年間百万円未満だった。

時価は、十四銘柄で二十一億円。

残りの二十四銘柄のうち、年間の取引額が株の時価を上回っているのは、九銘柄だけだった。

この整理を作って、私は「十四銘柄は売れます」と書いた。

書いたとき、自分でも少し気分がよかった。

九年間、外から言っていたことを、内側から書いている。

IRの方とは、四ヶ月で何度も話した。

その方は、一人でIRをやっている。

年に二回の決算の説明会と、個別の面談が年間で四十件くらい。それに加えて、問い合わせの電話に出る。

四十件の面談の記録を、エクセルで一つのファイルに入れていた。

見せてもらったら、面談の相手と、日付と、聞かれたことが書いてあった。

聞かれたことの欄で、いちばん多かったのが「政策保有株の方針」だった。四十件のうち二十二件。

その二十二件に、その方は同じ回答をしていた。

「保有の意義を毎年検証しております」

検証の記録は、どこにもなかった。

これを私が指摘したとき、その方は「はい」と言った。

怒らなかった。怒られるかと思っていた。

そのあとに、「だから、作ってほしかったんです」と言われた。

営業本部長の話 ―― 六月十九日

中間の報告の場で、営業本部長の方が発言した。

五十八歳で、この会社に三十四年いる方だ。

その人は、十四銘柄のリストのうち、三つに丸をつけていた。

「この三社は、うちの株を持ってます」

持ち合いだった。

相手が自社株を持っている。金額は、三社で合わせて五億円くらい。

「売ったら、相手も売ります」と言われた。

それは構わない、と私は思った。思ったので、そう言った。

営業本部長の方は、少し間を置いて、こう言った。

「佐保さん、来年の見積り合わせに、うちが呼ばれなくなります」

その三社のうち一社は、取引がゼロだと私が整理した会社だった。

取引がゼロなのに、見積り合わせには毎年呼ばれているらしい。

呼ばれていて、取れていない。

取れていないが、呼ばれなくなると、取れる可能性がゼロになる。

私はこれに、反論を用意していなかった。

数字で返せなかった。

結局、十四銘柄のうち三銘柄を「継続して検討」という欄に移した。

移すことに決めたのは、茅野さんだった。

茅野さんは「これは財務の論点じゃなくて、営業の論点だから」と言った。

最終報告の朝

七月三十一日の朝、乗り換えの駅のホームで、前の職場の同僚に会った。

四十歳の方で、私が辞めたときに送別会を開いてくれた人だ。

その人は、「どう、そっちは」と聞いた。

私は「面白いです」と答えた。

それから、どんな案件かを聞かれたので、資本コストの開示の話だと言った。

その人は笑って、「佐保さん、あっち側に行ったんだ」と言った。

悪意はなかった。本当に、おかしかったんだと思う。

私も笑った。

笑ってから、電車が来て、別々のドアに乗った。

その日の十四時から、最終報告だった。

最終報告 ―― 七月三十一日

最終の成果物は、開示資料のドラフトだった。

A4で九ページ。

書いたのは四つだ。

現状の分析。資本コストが七・四パーセントで、ROEが五・一パーセント。その差がPBRに出ている。

目標。三年でROEを八パーセントにする。

打ち手。政策保有株を、三年で純資産の十パーセント以下にする。配当性向を三十パーセントから四十パーセントに上げる。設備投資を年間三十億円の枠にする。

進捗の開示の方法。四半期ごとに、縮減した銘柄数を出す。

報告は、役員会議の前の経営会議でやった。

十四時から、一時間半。

説明が終わったあと、社長が質問を一つだけした。

「それで、株価は上がるんですか」

私は、答えられなかった。

正確には、「開示をしても、短期の株価に効く保証はありません」と答えた。

答えてから、それが答えとして弱いことは分かっていた。

社長は「分かりました」と言った。

分かりましたのあとに、「じゃあ、やりましょう」と言った。

やることになった。

生活 ―― 三十七歳

年収は九百八十万円だ。

前の職場は、良い年で千四百万円あった。悪い年で千百万円。

下がった。下がることは分かっていて移った。

家は、夫と二人で住んでいる。住宅のローンがあって、月の返済が十三万二千円。

この案件の残業は、月に五十時間から七十時間だった。前の職場より少ない。

前の職場は、決算の発表が集中する二月と五月に、月で百二十時間くらいあった。

だから、しんどいとは思わなかった。

しんどくなかった代わりに、別のものがあった。

身体の話を書くと、血圧だった。

去年の健康診断で、上が百四十二だった。再検査にはならなかったが、数字が気になって、家で測るようになった。

普段は、朝で百二十八くらい。

最終報告の日の朝は、百三十八だった。

もう一つ。眼鏡の度を、六月に変えた。

前の職場では、数字の画面を一日に九時間見ていた。いまは、資料の文字を見る時間が増えた。

近くが見えにくくなって、眼鏡屋で測ったら、乱視が進んでいると言われた。

四万二千円かかった。

お金の話で、一つ書いておく。

この会社の持株会のことを考えていた時期がある。

私はこのクライアントの株を持っていない。業務で知る情報があるので、持てない。

持てないが、〇・六二のPBRで、三年後にROEが八パーセントになるなら、いま買えば儲かる。

その計算を、六月の夜に一度だけ、紙にやった。

やってから、紙を破って捨てた。

破ったのは、やってはいけないことだったからではない。計算しただけなら、何もしていない。

破ったのは、それをやった自分が、前の職場の自分に近かったからだ。

後記 ―― 翌年の三月

開示は、九月に出た。私たちが書いたドラフトから、二箇所だけ変わっていた。

変わったのは、ROEの目標を「八パーセント」から「八パーセント程度」にしたことと、配当性向の記述に「業績の動向を踏まえ」が入ったことだ。

どちらも、IRの方が入れたと聞いた。

株価は、開示の日に動かなかった。

正確には、〇・八パーセント上がって、翌日に一・一パーセント下がった。

政策保有株は、年度内に六銘柄、九億円ぶん売られた。

営業本部長が丸をつけた三銘柄は、入っていない。

翌年の一月に、その会社の株価が十四パーセント上がった。

上がった理由は、建設機械向けの受注が増えたという発表だった。開示とは関係ない。

関係ないが、PBRは〇・七一になった。

三月に、前の職場の後輩からメールが来た。

その会社に、エンゲージメントのレターを出すという連絡だった。送る前に、知り合いに一応知らせるという習慣がある。

レターの中身は、政策保有株がまだ純資産の十四パーセントあるという指摘だった。

正しい指摘だった。

私が書いた開示資料には、三年で十パーセント以下と書いてある。三年の一年目が終わったところだ。

後輩は、たぶんそれを読んでいる。読んだうえで、出す。

九年前、私も同じことをやっていた。

返信に、何を書けばいいのか分からなかった。

書いたのは、「ありがとう、読みます」の一行だった。

いまは別の案件にいる。食品の会社の、事業の組み替えの話だ。

PBRは一・三ある。

一・三ある会社は、資本コストの話をあまりしない。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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